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2016年8月の記事

”これはもう戦場だな、、、”

2016/08/24 Categories: 未分類

”これはもう戦場だな、、、”というのが、あらためて観たときの感想だった。

ドキュメンタリー映画、「五つの壊れたカメラ」である。
パレスチナ人とイスラエル人が共同制作し、オスカーにノミネートされた作品だ。

監督たちの来日をNPOアースキャラバンが支援したその縁で、監督とも知り合いになり、その後もずっと交流を続けて来た。

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この映画の舞台は、パレスチナのビリン村。
イスラエルによって村の中に分離壁が建設され、パレスチナ人の村なのに、多くの土地が奪われてた。

当然、生活手段である畑やオリーブの樹にはもう行けない家族らもいる。

非暴力抵抗運動が始まった。

毎週金曜日の礼拝のあと、奪われた土地を取り戻すため、村を上げて行う抗議行動。分離壁へ向かうデモである。

これは途絶えることなく続き、イスラエル人活動家や、海外からのパレスチナ支援の活動家も参加するようになった。

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僕が、ビリン村のデモに参加したのは、はじめてパレスチナに足を踏み入れた時だった。7年ぐらい前のことである。

それまで、9回もイスラエルに行っていながら、イスラエルの占領地であるパレスチナに入ることが、諸般の事情からできなかった。(これは僕にあとで非常に恥ずかしい想いを抱かせた)

デモと聞いたら、日本の平和的なデモを思い浮かべる人がほとんどだろう。

でも、パレスチナでデモに参加することとは違う。(高江は、また少し違うかも知れないが)


イスラエル兵は、パレスチナ人のデモ隊に対して、当然のように催涙弾やゴム弾を撃つのだ。

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高速催涙弾に胸を直撃され、フィールという心優しいパレスチナ人の青年が死んだ。

その数年後には、彼のお姉さんまでが、催涙ガスによって呼吸困難に陥り、死んだ。

催涙弾の破片で目をケガした人もいる。

ゴム弾の威力もまた、恐ろしい。

 アメリカ人の女性が失明したという話も聞いた。

パレスチナ人監督のイマッドも、ゴム弾で大怪我をして、病院で手術までした。


さらに7年前、僕がビリン村に行く直前には、「イスラエルはビリン村のデモ隊に化学兵器を使っている」という噂話まであった。

その時、僕は、かなりの覚悟でバスに乗り、 ビリン村に向かったのを憶えている。


ところで2、3年前から、ビリン村の写真家のハイサムともFacebook上で交流を始めた。

毎週のデモの様子は、彼の投稿記事で読んでいた。今日は誰もケガしなかった、とか、、、。誰それが逮捕された、という報告がある日もある。

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 <ハイサム>

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<デモの出発。写真は七年前のもの。一番、手前にいるのは、東エルサレムで友だちになったイタリア人の女性ジャーナリストのアンドレア。

後で、先頭集団にいるお互いを発見。催涙弾の煙の中で、「おお! お前もいたのか!」と合図しあった。こうなりゃ、戦友である>

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<催涙弾の煙>

僕は、今年のアースキャラバン中東には、希望者を募って、ビリン村のデモ参加に行きたい、と思っていた。

ところが、だ。

「五つの壊れたカメラ」を見直し、”こりゃもう戦場だな、、、。”と思った。

そして僕は、やっぱり希望者を募るなんてよそう、と思った。

”こんなん、とても人には勧められんわ、、、(ちょっと関西弁ね)”というのが本音であった。

だって、もう戦場なんだもん。参加者をケガさせるわけにはいかないじゃないですか。

出発前には、”みんなには黙って、独りでひっそりと行こう”と、まで考えていた。


”それでも、自分は行かないわけにはいかない、けど、、、。”

この「自分は行かないわけにはいかない、けど、、、」という、僕の心理を説明するのはとても難しい。

うーん、例えばあるところに、人間の尊厳や自由を守るために闘っている人たちがいる。

そして、それに共感していながら、「自分の身が危険になるから」と言って、安全なところに自分の身を置く。

これ、僕的には、かっこ悪くて、とてもできないのである。

「何もそんな危険なところに、わざわざ行かなくったって良いではないか」


、、、そんなことは重々わかっている。

「行かなくたって別に恥じゃない。誰も文句言いやしないよ」

、、、それだってわかっている。

「あんた一人が行かなかったところで何が変わるっているんだい?」

、、、そんなことは百も承知だ。

これは、あくまでも自分的な「人生の美学」の問題なのである。

で、最後に「けど、、、」とつくのは何か?

「オレだって恐いさ。世間一般の人みたいに保身に走りたいよ。でも、どうしてもできないんだよ〜ん!」というのが、入っているのである。


<続く>

「五つの壊れたカメラ」について

映画「五つの壊れたカメラ」は、You-tube でも観れます。
https://www.youtube.com/watch?v=6UP-D_MtZt0

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今年の中東アースキャラバンで成し遂げたかったこと

2016/08/21 Categories: 未分類

今年の中東アースキャラバンで、どうしても自分が成し遂げたかったことがある。

それは、イスラエル占領下にあるパレスチナ人たちの苦しみを直接見聞するプログラムを組みたかったことだ。

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<難民キャンプの入り口>

 現地にいない状態で、そのプログラムをどうやって組んだら良いのか? 最初は、皆目、見当もつかなかった。

まずは去年世話になった東エルサレムにあるキリスト教系の人権団体の人間に連絡した。

 

メールでもやり取りしたし、スカイプ(パソコンの無料電話)でも随分やり取りした。

でも、何ヶ月かのやり取りの末、いろんな事情から、最終的にその線はなくなった。

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<ヘブロンには、イスラエルがいたるところに建てた壁が、人々の生活を困難にしている>

 

そこで僕は、去年、エルサレムにいるときに、「広島の芝居をヘブロンでやるから見に来て下さい」と僕を招いてくれた、YES 劇場のスタッフ、スライマに連絡した。

 

 僕はスライマーに自分の考えを伝えた。

「アースキャラバンで来る人たちに、占領下の実態をぜひ体験してもらいたい。そのコーディネートをぜひお願いしたい。」、と。

 

お金で頼んだのではない。ボランティアを頼んだのである。

嬉しいことに、スライマは快諾してくれた。率先して、いろんな団体と連絡を取り、いくつかの施設などを巡るスケジュールを作ってくれた。

 

もちろん、一回のやり取りではない。何度も何度もいろいろなことを打ち合わせた。

そして、僕やローレンスがグループ電話を切るとき「ありがとう」と言うと、「それは言わないで」といつも言っていた。

 

子供たちが刑務所に入れられている

占領下にある人々の苦しみの体験を語ってもらうのは、そう簡単なことではない。

 そして、実際に現地に行って僕たちが聞いたのは、例えば、あるパレスチナ人のおばさんの話である。

 

彼女は、ある日、理由なく逮捕され、それから6年間投獄された。

棒で殴られた。どんな拷問だったのかは語りたくない、と言った。

 

人間扱いされない日々が延々と続いた。いつ終わるのかもわからなかった。身体の痛みよりも、人間としての誇りが奪われたのが一番辛かった、と話していた。

 

また、別のところでは、お母さんたちの話を聞いた。

10ー15歳の子供たちが、石を投げた、という理由で(たとえ何もしていなくても)逮捕され、何年も勾留されていた。

 (その数は、現在、数百人にも及んでいる)帰って来た子供達は、口も聞けないほどの状態になっていたりする、という。

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<子供が勾留されているお母さん>

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もちろんこんな話や映像は、どこのメデイアでも放送しない。

YES 劇場は、そういう家族のトラウマを癒すために、演劇セラピーを施している。

スライマがベツレヘム大学の学生だというのは、後で知った。

国境なき医師団の報告

   ↓

http://www.msf.or.jp/news/detail/voice_2396.html

 

 

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アジアで引きこもり

2016/08/20 Categories: 未分類

1)

中東アースキャラバンが終わり、アジアの片すみで、しばし引きこもり生活を送っている。

たまっている宿題(法話ライブの書き起こしの編集)をやろうと頑張るのだが、一つの法話のリライトに4時間はかかってしまい、ため息が出る。

 

プールサイドで寝っころがって空を見ていると、いろんなアイデアが湧いて来て、それが次のイノベーションになることが多いので、本当は何もしないでいる方が良いのかも知れないなぁ、、、。(←とは思うんだけど)

 

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<まるで木像の人形のような老婆。ことばの通じない屋台で僕はひっそりと料理を待ち、

アジアの片隅で引きこもって過ごしている>

 

2)

10日ほど前までいたパレスチナ。

僕はこの地は、微笑みと涙、そして未来への希望なくして旅できない。

 

そんなパレスチナに来る度に、僕はかつて大日本帝国が植民地支配していた朝鮮半島の人々のことを想う。

朝鮮の人々の苦しみと、そしてそれを日本人はどう感じていたのか、を、、、、。

 

さて、もちろん、純粋無垢に見える被害者にしても、エゴなき人はいない。

暗黒面だってたくさんある。

これはアウシュビッツの生き残りだろうと原爆の生存者であろうと、パレスチナ人であろうとそうだろう。(←という話を現地でしていた)

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だけど、それを差し引いても、僕はパレスチナに来るとなぜかほっと安堵のため息をもらす。

それは、アジアのまったりした空気感ともまた異なる。

おそらく人が人をどうケアするか、ということが基本的に成立してしている地域だからなんだと思う。

 

それにしても胸が痛むのは、彼らがイスラエル占領下で筆舌に尽くし難い屈辱の日々を受けていることを目の当たりにするときだ。

だが、彼らがお互い同士や、子供達や、また私たち旅人にする接し方には、警戒心も計算もなく、柔和で気前が良く、ホッとさせられるばかりである。

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彼らがテロリストだって? はぁ、、、?  メディアはウソをつくのがヘタだなぁ、、、。

 

せめて、「パレスチナ人は、一見優しい人に見えるし、つき合ってしばらくは良いけど、何年かすると本性を表すぞ。気をつけろ」とでも言ってくれれば、“もしかしたら、、、、”と思うかも知れないけどなあ。

 

でもねぇ、、、ヘブロン在住のアクラムとの付き合いは、もう13年に及ぶ。

理学療法士をやっている彼ががテロリストの正体を表すまで、一体何年待ったらいいんだよ。(←とメディアを信じている人に言いたい)

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理学療法士のアクラムは、南アフリカに留学していたそうだ。

 他のことは知らないが、中東に関してはメデイアのウソは多いなあ、、、。

まあ、都合次第でウソは他にもいろいろあるんだろう。

 

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