人生で絶対に避けなければいけないことは、人が自分に対して抱いている感情やイメージの影響を受けて、自分が自分に対して抱く感情やイメージが変化することだ、と僕は思っている。
僕は子供の頃から二十代前半まで、良しにつけ悪しにつけ、人から抱かれたり期待されるイメージで散々苦しんだ。
結局、自分の価値が認められない高校をやめてしまったし、実家からも家出して帰らなかった。(精神的負荷は、こちらの方が大きかった)
二十歳代の半ばに、十代後半から修行していた道場をやめてしまったのは、それまでの人間関係から自分を隔絶したかったからだ。実はそれも、自分が人から抱かれているイメージに苦しんでのことだった。
今の僕は、人が自分をどう思うかと、自分が自分や人をどう思うかが、まったく重ならない、もしかしたら、世間から撤退することで、心を純粋培養することができたのかも知れない。
だから、たとえ僕がやっていることを人が、「下らねー」と思っていたとしても、僕自身は「けっこう面白いぜ」と思っていられる。(←戦争ゲームを創ってこれたのはこのためである)
そして、たとえ人が僕のことを嫌いでも、僕はその人のことを好きなままでいられる。
ついでに言うと、人に「偉い」と思われたり言われたりしても、それは僕には、まるで聞こえないのと一緖である。(←だって、人にエラいと思われたって、エラくない自分のことを一番知っているのは僕なんだから)
僕は、何かの団体のリーダーだと思われたりすることがある。しかしそれは、まったくの誤解に過ぎない。
僕はただ一人わが道を歩いているに過ぎないし、リーダーというイメージをご期待されても、それに沿う気はまったくない、というか断固拒否する。
人のイメージに合わせて、自己イメージや自分の生き方を変えることは、たましいの自殺だと僕は思っているからだ。何がなんでも、それだけは避けなければならないのである。
僕は、人が自分をどう思うかと自分が自分をどう思うかを完全に切り離すことで生き延びてきた。だからこれは、僕の一種の精神的なサバイバル術なのである。
「相手が自分をどう思っているかで、感情や自己イメージを変えるなんて冗談じゃないぜ。世間に魂を売り渡してたまるもんか。」というのが本音。
アースキャラバンが、原爆で生き残った被爆樹の種をトロントに植えるので、そのポスターを市役所に貼ることになった。当日、イベントに来てくれた市長と。