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「年越し念仏」ギャザリングを始めた意外な動機

2012/01/04 Categories: 未分類

僕は、かつて正月は、なるべく日本を逃げ出していた。別に、ゲーノー人がやるように、”正月はハワイでね” なんていう優雅なものではない。ただ単に、正月が、キライだったからである。なぜ、正月がキライかって?

僕が思うに、ホームレスの人や孤独な人にとって、正月ほど残酷なものはないのではないか? 以前の正月は、店がすべて閉まり、ホームレスは残飯にありつけなくなった。そんな物理的な死活問題もあった。もっとも今は、状況は異なるかもしれない。しかし、精神的には同じようなものではないか。

寒空の下、温かい布団や寝る家がない人、あるいは物理的な家はあっても、心の居場所がない人にとって、正月とは何か? それは自分とは真逆で、いかにも”わたしたち幸福ですぅ”というような人々を、目の当たりに見る時間でもある。

僕は、人生のつらさを身に滲みている人々の気持を想像することがイヤだった。同時に、そんな人々がいることなど想像もしない、幸福な人々の無関心さもイヤだったのだ。

僕も今では、人間界というところは、どんな暮らしをしていようと、しょせんは五十歩百歩だとわかっている。しかし、かつては、そうではなかった。人々が、いかにも幸福そうに振るまう正月。そのときアマノジャクな僕は、太宰治の「家庭の幸福は、諸悪の根源」という言葉を思い出していたのだ。

でまあ、海外に出るのが大変なときは、茨木市で1月2日から行われていた、念仏修行の会によく出ていた。3日間、一日12時間の念仏三昧に浸る。終わって街に出る頃には、何となく正月も終わっているという具合である。これは、なかなかよろしい。息子の結万が幼い頃にもよく連れていった。導師を勤める年輩の僧侶が喜んで、毎年のようにお年玉をくれたりしていた。

さて、何年か前から、このブログのタイトルである「年越し念仏」を始めた。12月31日の夜9時から、何と1月1日の昼1時まで、センターで念仏三昧を行うのだ。最初の年、京都センターで一人で始めた。これがやがて、年々参加者が増えていき、今では、京都と東京の両センターだけでなく、世界各地でも行われるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<夜9時、開始前の東京センター>

 

 

 

 

 

 

 

<京都センター。朝6時に仮眠して、8時に起きてすぐ。(寝てない人もいたけど)以外とみんな元気…。>

 

 

 

 

 

 

 

<年越しそばを食べているところ>

現在のプログラムは、年越しそばを食べたり、願いを成就する様々なワークまで行う。楽しいので、夜9時に始めても、あっと言う間に昼の1時になる。

昼一時には、年越し念仏をシンクロして行っている世界各地のメンバーと、「Happy New Year !」 と声を交わし合う。パソコンを使ったテレビ電話で、である。その後は、酒やおせち付きの新年会。正月がキライだから始まった年越し念仏会が、こんな風に華開くとは、、、。僕にしてみたら、まったく思いもよらないことだった。

僕は年越し念仏会を、今年初めて東京センターで参加した。そしてワークをリーディングした。

また、日は少しさかのぼるが、12月25日に京都センターで、クリスマスパーティを開催した。日頃、超多忙なサンガの皆さんには、準備で大変な負担をかけてしまったけれど、、、。パーティに友人三人で参加された大学生の内の一人が、「こんな楽しいクリスマスが過ごせるなんって、思ってもみないことでした。本当にありがとうございました!」と、後でメールをくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンガのパーティは、自分たちの楽しみのためにするのではない。孤独な人が一人でもいなくなるようにという想いが、いつまでも消えることがないからするのだ。そして、そんな想いの仲間たちが行うパーティなら、初めて来た人でもきっと楽しく、また心温かく過ごせるだろう。また、そうあって欲しいと願う。続く

 

 

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仏教の新しい地平を求めて

2011/12/18 Categories: 未分類

やっとまたーつ、大きなプロジェクトが終わった!

タオサンガ道場では、音楽念仏を中心に独自のスタイルで修行をしているのだが、そのお勤めの三部合唱全篇のレコーディングが終了したのである。詳しい内容をご存知でない方には、ピンを来ない話だということは、百も承知で書いている。でも、期間だけ言うと、思えば最初に始めたのは、去年の夏だったから、延々1年半もかかってしまったのである。

でも問題は期間ではない。音楽と仏教の修行を融合させるという新しい仏教の地平。それが、京都の片すみにある音楽スタジオで、生まれたのである。きっと、どんな新しい歴史の1ページも、そんな風に人に知られることなく、ひっそりと始まるものなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西洋音階だが、琴が入る。その最後の音入れ。琴は中国音階にしてある。

長調(メイジャー)短調(マイナー)どちらの音階にも適合するところが特徴。

音楽般若心経、音楽念仏のパートで入れる。

 

 

 

 

    われわれの注文に必死で応えようと懸命な作業のレコーディングエンジニアの坂本氏。

 音のバランスなどを調整しているところ。

結局、まる一日かかって終了。

 レコーディング時の神経集中って、ホントに独特です。

 

 

 僕のCD評に、”最後の曲では、リラックスして演奏している”なんて、書いてくれた音楽評論家の方がいらした。僕は、”へぇー、そんな風に聴こえるんだ”とびっくりした。実は極度の神経集中っすよー。

、、、さて、明けて翌日の土曜日。facebook 上のお友達、北山侑美さんという方が、タオサンガセンターの念仏修行と法話ライブにいらした。リアルでお会いするのは初めてだが、何といってもネット上では、お友だち登録されている人なのだ。僕としては、”友、遠方より来たる。またうれしからずや”の心境である。これもまた、新たな地平。facebookって、こんなこともあるんですね〜。

 

 

 

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バングラデッシュの仏舎利塔

2011/12/11 Categories: 未分類

 イスラム教国のバングラディシュだが、ごくわずかに仏教徒がいる。その内の一つがラカイン人だ。彼らが信仰のシンボルとしている 仏舎利塔。それが、NPOユニ現地事務所所在のコックスバザールにある。

 ラカインの人々が大切にしてきた仏舎利塔は、国民の大多数であるイスラム系の人たちに、一部を不法占拠されたり、壊されたり、また汚されるなどの扱いを受けて来た。
 僕は、初めてコックスバザールに行った4年前から、いつかこの仏舎利塔の修復に力を貸したいと切実に思って来た。そして、とうとうその念願がかなうことになった。世界各地のユニで、力を合わせて費用を支援することになり、工事が始まったのだ。(詳しくは、NPOユニのサイトをご覧下さい。)

<コックスバザールの仏舎利塔>

<この仏舎利塔群は、丘の上にあって見晴らしもよい>
 計画としては、周囲にお花畑を造り、中の道場も整備する。ようするに、ここを「ラカイン仏舎利塔公園」のような、聖地にしようという計画だ。ここで仏式結婚式をやったら、きっと、とても良い思い出になるだろうなあ、と思わせるようなところである。
 現地スタッフのラジョーさんが、念仏道場にすると張り切っている。完成の1月には、また出かけていくつもり。
<ラジョーさん/なぜか、浄土宗のT シャツを着ているところが面白い>
 修復工事費の捻出については、ヨーロッパや北米のタオサンガとの調整がいろいろと必要だった。
また、東福寺/天得院のライトアップLIVEに念仏ゴスペルが出るので、その練習もあり、また本番もあった。

<練習風景>
<本番前。緊張のあまり、引きつった笑いを見せるイギリス人のスー>
そう言えば、国民文化祭、京都駅前での念仏ゴスペルの公演をyou-tube にアップして下さった観客の方がいた。
(他の映像は、サンガのウエブで近い内にアップされる予定)
 金曜日は、京都の新京極にある、「誓願寺」という浄土宗西山派の本山で、「気の幸福力」というミニワークショップを行った。
 気でどのように幸福な人生を創造することができるのかを、身体で実感的に体験してもらうワークショップだ。
 最後の感想では、「最初は、一体、どんな講義を聞くことになるのだろう?」と思って来たが、こんなに面白いと思わなかった」と言われた人がいた。また、「1時間半、笑いの絶えないワークショップなんて、はじめて」と言った人も。
<何人か、お坊さんの参加もあったミニワークショップ。写真は、最後のシェアリングの場面>
 その後、新幹線に飛び乗り、東京へ。土曜日は、午後から雑誌のインタビュー。夕方からは、センターで音楽念仏と、その後の法話ライブ。さらに、海外向けの英語放送、ミーティングと続き、終わったのは午前1時。東京でも、さすがに電車はなく、30分かけて歩いて帰る。東京来てもこんなスケジュールだから、こっちの友だちともなかなか会えんな。
 ところで、ツイッターというのを始めてみた。(ryokyu_endo)日常的なことは一切書かず(というか、書けず)、哲学的、宗教的なことしか書かな い。非日常世界からのメッセージということで、ご容赦願えればと思う。また、そんなTwitter があってもいいのではないかと思ってもみたりして、、、。
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非日常をワクワクと生きる

2011/12/04 Categories: 未分類

僕は、どちらかと言えば、非日常に生きている、と思う。だけど、その非日常が”日常”と化してしまうこともある。ほら、東南アジアのバックパッカー旅行なんか始めて、1か月も経つと、だんだん旅が日常化してしまうことってあるでしょう。(←あるんですよ、これが)

いろんなハプニングはあるにせよ、もはや写真を撮ったりすることも、観光地に行くこともなくなっていくわけです。この所、少しそんな感じだった。

最近の出来事と言えば、東福寺/天得院、夜のライトアップLIVEがあり、僕らのバンドも数回演奏した。また、東京から竹中あこさん/大森俊之さんというミュージシャン夫婦を呼んで、演奏もしてもらった。

あこさんは、澄んだ美声をライトアップされた庭に響かせ、エバンゲリオンの編曲者でもある大森俊之さんは、見事な伴奏をしてくれた。

大森俊之さんとは、26歳ぐらいの頃に六本木で一緒に演奏した。要するに古い友人、音楽仲間である。一昨年、天河神社での奉納ライブで一緒に演奏しないか、と誘ってくれた。そして、天空オーケストラの岡野さんらとも含めて一緒に演奏した。

今回の僕は、裏方としての支援。ビデオなんか回していたので、写真を撮りそこねた。思えば、ブログをサボりだしたのは、それがきっかけだったような気もする。(ナンチャってね)

<天得院ライブの一コマ。ピアノのなむさんが、ソロで演奏した時のものである>

 

<音楽念仏や音楽般若心経、その他、もろもろをレコーディングしているところ。三部合唱になるので、時間が延々とかかっている>

 僕が非日常に生きているのはなぜか? もしかしたら、人生の目的が、念仏を広めるためだからかも知れないなあ。あっ、でもこの表現、ちょっと誤解されそうなので、説明を加えます。

人や自分の意識の変容、つまり自他の心の向上を人生の目的とすると、日常から少し離れたところで生きざるを得ないところがある。でも、見知らぬ世界を旅しているみたいに、わくわくするような新たな発見の連続でもあるのだ。

念仏三昧に入ると、こんな気持良いものがあったのかと思うぐらい気持が良くなる。身体もスカーッと脱けてしまう。また、タオサンガでは、「念仏ハイ!」という一日12時間以上の音楽念仏を、何日間もぶっ通しでやることがある。

参加者の皆さん誰もが、そんな神秘的な体験を味わうのだ。いやなに、古来から念仏者の世界とは、そんなもんだったのだ。

ようするに、その空間で、人はみな、しがらみある世間を超えて、お浄土をかいま見る体験をするのだ。音楽が聴こえたり、光に出会ったり、神秘的な声が聞こえたり、、、。そして、仏さまの聖霊と出会って、人生も性格もがらっと明るくなってしまうことだって、ままあることだ。こんな素敵な体験は、人生で滅多にできることって、ないんじゃないかな?

僕にしたって、そうだ。絶望的だった僕の人生が、根こそぎ楽になったのだ。明るいものになった。念仏に出会ったおかげで。だから、人には明るく楽になってもらいたい。僕のように根こそぎ救われてもらいたい。そう思うからこそ、今こんなことをやっているのだ。そして僕は、そのために坊さんにまでなった。

繰り返すけれど、僕は、人の心が解放されて自由になってもらいたいから、念仏を勧めているのであって、他の目的は、ーつもない。(同時進行でいろんなことをやっている僕に、とても他の目的を入れる時間的余裕などないのです)

誤解のないようにと述べたのは、正確に言えば、”誤解を恐れずに言えば、、、”だ。というのは、ようするに念仏そのものが目的ですらない。人が自由になること、人が楽しくなること、喜びある人生を送ってもらうことが目的なのだ。

そして僕の知っているそのための最高の手段(方便)が念仏三昧だからこそ、これを勧めているのである。さらに誤解を恐れずに言えば、念仏より効果的な道があれば、僕は、これまでやって来たすべてを捨てて、ためらうことなくそちらを選ぶ。そんな覚悟でやっているのである。

それから、東京にも行っていた。向こうで、法話ライブの日本語と英語の配信を遅くまでした。また、タオサンガのことで、深夜までミーテングもした。それから何があったっけ?

ああ、そうだ。「気の不思議世界と音楽念仏による癒しと神秘体験」の無料ワークショップが、二日間に亘って京都タオサンガセンターであったんだ。僕がプロデゥースしたワークショップだが、講師には、北海道から中川りみさんと、東京から後藤りゅうさんに来てもらった。

参加者の中には、感激で泣き出した人も複数いらしたそうだ。僕が直接お誘いしたMさんには、「あまりにも深い内容に圧倒された。フラフラになったが感動した」という後日談をもらった。かつて禅の師匠に印可証明(悟りを開いたという証明書)をもらったという人だが、ワークショップには、相当のインパクがあったようだ。

 

<京都タオサンガセンターで行われた「幸福力と仏教」という二日間のワークショップ>

 

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この一週間は、、、。

2011/11/10 Categories: 未分類

この所、ブログ書けないほど、めまぐるしい日々が続いていたということもある。でも、facebookとか twitter とかをやり始めたら、不慣れなせいもあって、ずい分、時間取られてしまっていた。むしろ、それが原因ではないかと、僕はにらんでいる。 (ところで、ブログを読んで下さっている方なら、喜んでfacebook 承認させて頂きますので、もしよろしければ、いつでもリクエスト下さい)

それで、この一週間の動きを追ってみよう。
まず先週の水曜日は、センターの皆さんと、京都駅前で無料チャリティ指圧を行っていた。(僕はチラシ配ったり、その他、結構さぼりながらなんだけど)

 

 これは、今京都で行われている国民文化祭の企画のーつ。タオ指圧として参加提供したのである。

そして金曜日。朝から晩まで、一日中スタジオで練習である。曲の中に聖霊が宿るように、バンドの音を創り上げて行くという、普通ではない練習のやり方をやっている。(ようするにまあ、バンドの練習と言っても、念仏修行みたいなもんである)

土曜日は、考えたら(考えなくても)けっこうハードなスケジュールである。
まず午前中は、センターで音楽念仏の修行。午後からは、僕がギターの伴奏を勤める、念仏ゴスペルの練習がずっとあった。

念仏ゴスペルは、僕がつけた曲に仏教的な歌詞で歌うという、キリスト教会でよくやっているゴスペルの仏教版である。演奏しているのは、最近創った曲もあるけど、20代の頃に創った曲も少なくないから、何だか不思議な感じがする。

というのは、あの頃は「いつか将来、気のおけない念仏の仲間ができて、みんなで歌えたらな、、、」などと思っていたからだ。
想い続けていれば、いつか必ず実現するということなんだろうな。だから、さらに明るい未来を夢想していることにしよう。結局は、夢想家が世界を創っている のだから。

人間が空を飛べると夢想した人が飛行機を創ったし、月に行けると夢想した人がロケットを創った。遠くの人と話ができると夢想した人が電話を 創ったのだ。

さて、その後、夕方から再び念仏修行。そして8時からは法話ライブ。弁栄上人という方の本をもとにして、ほとんど脱線しながら話す。(これは、U-streamで配信されている。アドレスは、下記)

そして9時半からは、これもまた、 U-stream で放送する 海外向けの法話ライブ。英語で、般若心経の解説を行う。カナダやアメリカは朝9時頃で、ヨーロッパは午後2時頃である。
カナダもウィーンも、なんとセンターでみんなが見ているという。それで、「とにかく、まあがんばろう」と、、、。

実際に目の前は、スーというイギリス人が、一人いるだけである。だから、ヨーッロパと北米で同時に見ているなんて、あまり実感湧きませんな。実感湧かないまま、ジョークを飛ばしたりしているが、ウケているかすべっているかも、わからん。

ということで翌日の日曜日は、LIVE。国民文化祭、京都駅前のステージである。まずLAMANIが、次いで念仏ゴスペルが公演した。念仏ゴスペルは、東京からも九州からも岡山からも集まった総勢14人のメンバーである。

ところで、LAMANIの前にも出演バンドがあった。そのバンドのファンの女の子が、LAMANIの演奏を見て、「わっ! めっちゃいい!!」と言ってい たと、あとからゆかさんに聞いた。僕は、つい「やった!」と、喜んでしまった。(←相変わらず、人間できとらんな)
会場では、念仏ゴスペルに、興味津々の人も多かったと聞く。(いやー、ホッとしましたね)

<写真は、講演後に被災地でのボランティア指圧を体験してもらっている所>

そして水曜日は、NPOユニの活動を展示している京都府庁のNPOネットワークセンターで、ミニ講演会を行った。現在行っている、バングラデッシュ、パレスチナ、また東北被災地での支援活動ついての話をした。

その後、センターの皆さんで、参加者に被災地で行っているボランティア指圧を体験してもらったら、とても喜ばれた。
展示と講演をコーディネイトして下さった、京都府庁の古澤さんに、感謝である。

ところで、今日もまた一日中スタジオで練習だった。それで我ながら驚いたのだが、なんと明日からしばらく、東福寺の塔頭寺院、天得院/夜のライトアップでのLIVEが始まるのだ。

 

 

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仏式結婚式 at  匹見町(島根県)

2011/10/26 Categories: 未分類

結婚式と言えば、“教会か神社だ。寺はおよびでない”という感じがあります。だとすると、寺は死んだ人のためだけのものでしょうか? それはとんでもない誤解なのです。

実を言うと、先週の土曜日に結婚式を執り行ったのです。僕が住職をしている(と言っても住んでいるわけではないけど)島根県の匹見町という田舎のお寺で、です。

こんなに田舎なんですが。地元の人がみな親切で、自然が美しいところです。

さて、この時行った仏式結婚式というのは、こんな感じでした。

まず、新郎新婦の入堂から始まります。おおっ! まさとさんとまひろさんの二人がまぶしい、、、。

 

で、まあ、みんなでお経を上げたりします。(音楽的なお経をやってます)

 

式では、新郎が新婦から華をもらって、仏さまに捧げたり。数珠を交換したり。

 

とにかく、雰囲気ありましたね〜。

 

実は、この日のために創った、”結婚おめでとうソング”をサプライズで披露。

結婚1

 

秋の匹見で夕暮れどきの、ほんわかで、ほのぼのとした結婚式でした。

 

 

その後は、総勢14名の宴会。ナンとピンクレディの踊りまで登場するほど昭和のノリ。えらく盛り上がりました。

宿泊したのは「タウンホール」という、ナンと匹見の町役場の一部のような不思議な宿。

お湯も温泉で、とっても親切にしてもらいました。感謝、感謝でした!

翌日、法要を行うと、集落の人が10人ほどお参り下さいました。皆さん、喜んで下さいました。僕らも嬉しかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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最近のスケジュールは、、、。

2011/10/08 Categories: 未分類

昨日は、1日スタジオに籠って練習。朝10時から夕方6時まで。一時間の休憩の後は、「音楽念仏/音楽法要」のレコーディング。深夜0時までやったが、未だ終わらず。お経を音楽的にやるという、仏教の新しい試みだ。

<写真:だんだんキツくなっていく録音作業だが、どこでも明るいサンガだった>

帰って機材をしまって、すでに1時。でも、すぐ眠れるわけではない。そこで、パーカッションの自由さんと、おでんの屋台に行ってしまった。

3時近くなって家に帰って来た。しかし帰るなり、パソコンを開けて原稿の校正をはじめてしまう。結局、寝たのは4時だった。このところ、こんなスケジュールが続いているなあ。

<写真:うぅ、深夜になるにつれて眠気が、、、>

明日は、仏光寺のビーガンフェスティバルで、昼頃にはライブ演奏。気合い入れないと・・・。

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新刊に寄せて

2011/10/03 Categories: 未分類

「タオ指圧、東洋医学の革命」を上梓した。(正式な発売日は、10月15日)版元はヒューマンワールド。東洋医学専門の出版社である。http://www.human-world.co.jp/books/book013.html

<カッコ良かった増永先生>

文庫本みたいに、何百円とかでは買って頂けないけど、”DVD付きだから勘弁してくれい”という感じが、実はちょっとある。というのは、このDVD映像は、7年ぐらい前に、タオ指圧の教材ビデオシリーズを作る目的で、相当の予算と時間をかけて撮影したものだったからだ。

この映像データは、7年間未編集のままニュージランド→日本→カナダ→ウィーン→再び日本へと旅をした。そして、なぜかどこでも編集が成就しなかった。そして今回7年越しで、初めて京都で1部の編集が完了し、本書に提供したのである。

7年前の機材で画質はちょっと落ちるけど、経絡走向がわかるように、身体にテープを貼って施術したりなどの涙ぐましい努力をして撮影したものである。一方、本文は、生涯最後の指圧の本として書いた原稿の片割れである。

苦心して書いた原稿だが、本文の評価は読者に委ねたい。あとがきの最後の行には、以下の文を書いた。「本書を、経絡指圧の生みの親、増永静人師に捧げます・・・。」、と。

僕と増永先生とは、個人的なつながりはなく、当時23歳だった僕は、週1回3ヶ月に亘って講習会に通っただけである。(それは、先生が講習をお辞めになる直前のことだった。)言葉だって、師とは、たったの一言しか交わしたことがなかった。

しかし、この時の3ヶ月が、後の僕の人生を変えることになったのだ。(これは、人生の不思議としか言いようがない。)本が届いて、さっそく仏壇にお供えした。いつもお祀りしている先生の写真の前に本をお供えして写真撮影。先生の奥様にも送らせて頂こうと思う。

<百年の伝統を誇る法蔵館>

さて、本の話ばかりで恐縮だが、今日は「気の幸福力」という、別の本の出版の打ち合わせで、法蔵館という出版社に行った。「できるだけ安い価格にして下さい」と僕がしきりに提案したため、今の原稿から、さらに40ページも減らすことになった。

というわけで、法蔵館の一室にしばし閉じこもって、「明日のジョー」みたいに大減量作戦を開始。しかし、うなってばかりで、削れたのは、やっと20数ページである。”矢吹ジョーは、最後は下剤までかけてたな〜”とか思ってみたりして、頑張ったのだが。

上山さんという、担当女性編集者の方が、「とっても面白い内容なので、共感する読者は多いと思います」と、お誉めの言葉を下さり、まことに恐縮である。

・・・が、注文通りに原稿が削れなかったため、気後れして、編集部で写真は撮影できなかった。そこで帰り際に、看板だけをパチリ。(いったい、なにやってんだか) でも、法蔵館編集部の皆さんは、優しかった。

原稿を削るのって、どの部分もそれぞれ思い入れがあって、なかなかつらいもの。まさに減量の苦しみである。まだジョーみたいに、真っ白い灰にはなってないけど。

 

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