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東エルサレムの路上で、僕はそっと涙を流した、、、。 « Blog
2014/09/03 Categories: 未分類

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<連日空襲されているガザの人々には隠れるところもない、、、>

 

われわれを乗せたシェラート(乗合バス)は、一路エルサレムを目指す。

一体、空襲されているガザの様子はどうなっているのか? 、、、気になる。

 

バスの中でプロジェクトについてオリバーといろいろ話をする。イスラエル政府の批判になえると、オリバーはつい興奮して声が大きくなり、僕はそのたびにヒヤヒヤした。

今われわれは、ガザ空爆を支持する市民が80%もいるイスラエルにいるのだ。そして右翼はどこにでもいる。

 

乾いた大地を疾走したバスは1時間ぐらいでエルサレムに着いた。急いで予約したホテルを探す。

僕たちは、1日目の西エルサレム(イスラエル側)のホテルの予約票を持っていた。スムーズに入国審査を抜けるのに必要だったからだ。

 

ようやく探し当てたホテルに荷物を置くなり、シャワーも浴びずにあわてて飛び出した。約束の時間が迫っていたからだ。

 2日近く眠っていないが(その前も入国できるか不安で、あまり眠れなかった)、心身が興奮気味なのか、疲れは感じなかった。

 問題なく入国できた喜びもあったし、何よりも二人ともキャラバン・プロジェクトの使命感に燃えていたのだ。

 

もっとも、僕らが焦って約束の時間に行っても、結局は30分以上待つことになった。まあ、ちょっとはずっこけたが、これからの活動のことを考えてアドレナリンが上がっていたためか、さして気にならなかった。(2人とも良い性格なのである)

 

ところで、なるべくお昼までに来るように、というお達しの他にも、僕がメールで3回ぐらい受けていたサジェスチョンがあった。それは、投石や火炎瓶が飛んでくる可能性があるから、くれぐれも帽子と走りやすい靴をはいてくるように、というものであった。

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 <はたして、帽子でボウシできるのだろうか?>

はて? 石や火炎瓶を防ぐのに、帽子なんて役に立つのだろうか? うーん、、、? 待てよ。これはもしかしたら、「防止」のシャレなのか? ふとそう思ったが、これがマジな話で、会ったときに、あんた帽子は!? と言われるのも困る。(なので、帽子は100円ショップで1つ買って来たぞ)

 

靴はスニーカーを履いて来た。スニーカーを履くなんて、中学校以来である。実は、雪駄(坊さんの履くぞうり)で行こうかな? と思っていたのだが、ちゃんと言いつけを守ったのである。(まあぞうりは、たしかに走りにくいしな)

 

それで思い切って、ナイキを買った。そしたら、これが軽くてななかなか履きごこちがよろしい。(でもナイキのために、インドネシアの子どもたちが低賃金で働かされている、と聞いている。だから、何だか申し訳ない気持ちになった)

 

さて、ようやく現れたM女史、、、。

彼女の話にによると昨夜は東エルサレムで、イスラエル兵とパレスチナ人の間で衝突が起こり、4人が殺され60人以上が負傷したとのことである、、、。痛ましい話だ。彼女は、パレスチナ人の友だちに呼ばれて病院に行っていたので、寝坊しちゃってぇ、、、ということだった。

「帽子持ってくるように、って何度も言ったけど、アタシ自身が帽子忘れちゃって」というM女史。まあまあいいじゃないですか、と鷹揚に返事をする僕。

入国できてハッピーだったから、気にならない。そうか! 自分がハッピーだったら、何ごともあまり気にならないんだな、と、このとき一人納得した。(つまり、相手に腹を立てるのはハッピーでない時、というわけね。)

なぜ、 宗教的な深い悟りを得ている人は腹を立てないのか? (誤解のないように書いておくが、これは僕のことではない)それは、宇宙大霊の歓喜光を受けていて、いつも喜びが湧いているからなんだ、(経典にも歓喜という言葉が随所に出てくる)なんてちょっと思った。

 さて、悟ってない僕らは、イラク人経営のカフェでランチを食べ、水を飲んだ。東エルサレムに入ると、ラマダン中のため水も飲めなくなるからだ。

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<パレスチナ人の少年が、イスラエルの入植者に生きたまま焼かれ、殺された。そのことに対する抗議行動から、大きな衝突に発展した>

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<殺され、傷つき、逮捕されるパレスチナ人たち>

 

食事が終わった僕たちが連れて行かれたのは、東エルサレムのダマスカス門の近くの広場である。

イスラエル軍が道路封鎖をしていた。このため、イスラム教のパレスチナ人たちはモスクの金曜礼拝に行けない。大勢の人たちが仕方なしに道路に座り、モスクに向かって礼拝している。

 

自分たちのモスクにすら行くことができないでいるパレスチナ人たち。

 

元は自分たちの土地だったものが奪われ、その上で精神的な支柱である信仰行事ですら、自由にできない。

 

その光景は、占領の理不尽さを浮き彫りにしていた。

見ていて、あまりにもつらくなった僕は、柱の影に行ってそっと涙を流した、、、。

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<モスクは目の前なのに、イスラエル軍に路上封鎖されていて行けない、、、> 

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<銃を構えるイスラエル兵>

 

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<仕方なく路上礼拝をしているパレスチナ人たち>

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<映画監督の古居みずえさん/ガザに入れる許可が降りるのを待っている、という>

※後日、DAYS JAPAN という雑誌に、彼女がこの四日後に撮影したとされる写真と記事が載っていた。どうやら、無事入れたようだ。(ジャーナリストのみ特別に入れるらしい)

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<数百メートル先のモスクに向かって祈る、、、>

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<見ているのがつらかった、、、>

この後は、劣悪な難民キャンプに行くことになっていた。果たしてラマダン中にボランティア指圧なんかできるのだろうか? M女史には、施術できなくても、来年のために視察だけでも、、、と言われていた。

 

ところが、途中のバスの中で偶然会った人が、なんと、、、、!     <続く>