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緊張の中東行き準備(2) « Blog
2014/08/18 Categories:

(1)

さて、イスラエルのベングリオン空港で5人の保安要員に取り囲まれ、別室に連れて行かれた僕はどうなったか? 荷物はすべて開けられ、まるで針一本を探すような具合で入念に調べられた。さらにカーテンで仕切られた狭い別室で連れて行かれて身体検査。

実はこの時、検査官が薄い透明なビニールの手袋を付けたのを見て僕はギョッとなった。というのは、アラブ系の人間が肛門まで調べられることがある、という話を聞いていたからだ。、、、顔面蒼白。

人生最大のピーンチ!である。目の前が真っ暗になり、僕の額には脂汗がにじんできた。

、、、が、しかしそこまではなかった。(かくて、わが純潔は保たれたのである←おいおい、こんな時までジョーク言うな)

 ホッとするというよりは、まるで強盗に遭ったかのように僕はぐったりとしてしまった。尋問なども含めて1時間以上も(あるいはもっとだったかも知れない)拘束された後に、空港ロビーに解放されたときは、いすに座り込んだまま、しばらくは動けなかった。

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この時のトラウマがある上、さらにもしこの件が記録に残っていたらどうしよう? 入国拒否されないだろうか? と僕はしきりに心配していたのである。

イスラエル入国の際は、招待状があるとスムーズであることは、これまでの経験上知っていた。(10回ほど行ったんで)そこで、今現在の段階でつながりのある活動家たち数名に連絡を取るが、彼らからの招待状など、何枚あってもかえって怪しまれるだけだと言うことが判明。

イスラエルに親戚がいる人間たちの線もいろいろとさぐるが、なかなかスムーズではなかった。

しかし僕は、旧タオ指圧の生徒たちに連絡を取ることは、最後までためらっていた。

もうこれ以上は、ブログが先に進まないので、内容を大幅にはしょるが、さんざんすったもんだいろいろしたあげく、まずは面識のないが、ヵナダでタオ指圧を学んでいたイランという男性から招待状を送ってもらった。

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<入国審査が心配なので、イランには空港まで来てもらうことにしたが、面識がないので写真まで送ってくれて、なかなか親切な男である>

 そして、これもさんざんためらったあげく、ついに僕は、イスラエルの旧タオ指圧の生徒さんたちと向き合う決心をした。そして、一般向けの念仏ワークショップと、旧生徒さんたちとのギャザリング・ワークショップをする旨のメールを、アドレスのある2人に送ったのだった。(そしてこれは、後に思いがけない展開を見せることになった)

(2)

イスラエルでワークショップをするなら、微妙な問題がからんでくる。例えば、ユダヤ教では「仏を念じる」などの行為はタブーであり、昔なら石打の刑というほどの罪である。

僕は“宗教は信じるものなんかじゃない!心で内証するもの以外は全部まやかしだ!”と、人に誤解されそうなことを、どこでも平気で公言してはばからない人間なので、「何言ってんだよ〜」の一言で済ましたいぐらいだが、まあそういうわけにもいかない。

今回のイスラエル・パレスチナは、オーストリアのオリバーと現地で落ち合って動くことになっていた。しかしカナダからユダヤ系のローレンスも呼んでくることにした。(と、簡単に言っているけど、もちろんこれは、別に全然、簡単な話ではない)

ローレンスは念仏者であり、また5年前にパレスチナで僕といろいろ活動して以来、すっかりイスラエルを擁護する発言はやみ、今では占領反対、パレスチナに自由を! という風になっていた。

念仏のことも、タオ指圧のことも、またパレスチナのことも、僕らただの外国人よりも、同じユダヤ人であるローレンスが説明した方がよほどスムーズである。

 

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<左がローレンス・右がオリバー/ 今回はこの3人で動くことになった>

 

 ことの複雑さについては後に説明するが、旧タオ指圧の生徒さんたちが今どんな気持ちでいるのかは、この時点での僕にはまるで見えていなかった。

すでにガザ空爆は始まっていた。イスラエル在住の日本人活動家のMさん情報では、観光客は激減したものの、入国する外国人に対するチェックは厳しくなっているとのこと。(その後の情報では、日本大使館が危険度レベルを上げた、とも)

タオ指圧のタマールからは、「本当に来るんですか、ミサイルが飛んで来ているんですけど、、、」、向こうの活動家からも、「本当にこんな時に来るの? 今、戦争なのよ。」、と。

あのねー。僕が怖いのは、ハマスのロケット弾なんかではなくて、イスラエルの保安要員なのよ。(とは返事しなかったけど)僕は、入国拒否されてタオサンガのプロジェクトが成就できなくなることが怖いのであった。“ただあなたの優しさが、怖かった〜♫” というのはかぐや姫の曲だが、それは僕にとっては、保安要員のことであった。

ガザでは毎日死者が増大していた。ローレンスは、「もう少し情勢が落ち着くまで待とうか、、、?」僕は、「人生は待つもんじゃない。創るもんだ」と即座に返答。冗談じゃない!

何ごともタイミングというものがある。今、動かなければ機を逸することが、僕には直感でわかっていた。僕はこういう直感だけは妙に働く。(GAMEチャリティックスのファイナル版で、空母から航空隊を発艦させる時のタイミングと同じなのだ) 

「しかしよりによって、何だってこんな時期にぶつかったんだろう、、、、?」こんなつぶやきが僕の口から思わず漏れないわけではなかった。

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(3)

こうして、ワークショップすることも決まった。日程は、後半にした。先にパレスチナでいろいろと動いて、タオ指圧の生徒さんには、「このような活動をしていた」と後で告げることにしたかった。

日本でほぼ休みなく動き回っていたので、途中のバンコクで3日ほど休んで行くことにした。その前日までは、東京道場で、タオ指圧クラスや念仏会と法話を2日間行う。中東に行ったら何があるかわからないので、いつにも増して一期一会のつもりでクラスを行った。まっ、気持ちは「最後の授業」っていうやつね。

フライトは、成田発バンコク行きにした。バンコクからは、トルコ航空でイスタンブール経由、テルアビブ行きのフライトである。

実は我ながらスケジュールに驚くのだが、事情があって、パレスチナの後はインドでも活動することになっていた。(これについてはあらてめてインド編で)それで、テルアビブの帰りは、イスタンブール経由のデリーというフライトを、オーストリアのエージェントに予約してもらっていた。

東京の3日間で空いているのは金、日の夜しかなかった。幸い、アーユス国際仏教ネットワークの枝木美香さんと、パレスチナ子どものキャンペーンのエルサレム現地駐在の中村哲也さんとは金曜日の夕方にお目にかかることができた。(僕的には、パレスチナで活動している人を紹介して頂くためでもあった)

そして、現地の人権団体のラビ(ユダヤ教の祭司)やキリスト教の団体なんかともつながったら良いのでは? などの有益なアドバイスなどを頂いた。

 また、折り紙のつるで有名な、広島のサダコ・レガシーの佐々木ゆうじさんともお目にかかることができ、ここでも有益な話し合いができた。

月曜日、例によって遅刻しそうになりながらも成田を出発。ガザの子どもたちのことを想って胸が痛かった、、、。

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続く