ヘレンケラーの言う、”互いの幸福に責任を持ち合う世界”を目指して、そのモデルケースとなるコミュニティの構築に務めて来た。、、、それがタオサンガだった。
そして、”互いの幸福に責任を持ち合う”ことの具体的な実践が、「場に責任を持つこと」だった。
場に責任を持つとは、場にいる人たちの心身を共感的に想像し、必要としている人に対してそのニーズ(気、心、そして言葉や行動で)を与えることだ。これが日常的に行われているのがタオサンガのはずだった。
場に責任を持つことは、タオ指圧臨床で行うツボ治療と原則的にはまったく同じ心と行為である。
もちろん物理的には、対象が1人か複数かという違いがあるが、気としては同じなのである。
だから、ツボ治療ができるなら、誰だってできることだし、コミュニケーションのメソッドも、あまりあるほど創っては提示して来た。
しかし、なぜか日常ではそうならない、という問題が何年も僕を苦慮させて来た。
そして、場に責任を持たない人が1人でもいれば、場全体の気としては邪気になってしまうし、コミュニティとして成立しない。
”一人一人が主役を張る”のが、タオサンガのはずであった。
日常において一人一人が場に責任を持たないのであれば、それは傍観者や脇役がいる、ということであって、場という舞台で主役を張っている状態ではない。
一人一人が主役を張っていないのであれば、気のヒエラルキーができる。
そうなったら、タオサンガはただの宗教になってしまう。
そもそも僕は宗教団体なんか、絶対にやりたくない。
“もうどうしようか、、、”と思い悩んでいると、昔を思い出した。
タオ指圧の基本であるツボ治療を教えはじめていたときのことである。
誰も理解せず、できるようになる人は誰もいなかった。
教えた人は、治療できるようになるどころか、逆にダメージを与えていた。
クラスで2年間、毎週2時間教えて、ついぞできるようにはならなかった。
最初の拙著「タオ、気のからだを癒す」(後で「タオ指圧入門」講談社として文庫化)の原稿には、ツボ治療についての章があった。
しかし、書籍化されるにあたって、思い悩んだ末、僕はこれを削除した。
理解できないだろうし、ダメージを与えては大変だと思ったからである。
僕は、まあ本さえ出しておけばいいや、音楽もやりたいしね、と思い、タオ指圧を教えるのを諦めてしまった。
ツボの原稿はしまっておき、死んだら後世に託すつもりだったのである。(30代半ばだったけど、、、)
これを思い出したとき、「ツボ治療がなければタオ指圧にならない」というのと、「場に責任を持つことがなければタオサンガにならない」が、まったく相似形であることに気がついた。
、、、というわけで、かつてタオ指圧を教えるのを諦めたように、今の世代が場に責任を持つことができないのなら、タオサンガを諦めて、自分の心の中では一度は、終わらせた方が良いのではないか?
音楽もやりたいしね。それにゲームや「希望の火」でも忙しくなりそうだし、と、何だか、かつて思ったのとまるで同じようなことを考えている。
ツボ治療の方は、何年かしたら突然、人々ができるようになっていてびっくりした。
もしかしたら、「場に責任を持つ」というのも、何年かしたら、突然、人々ができるようになっていて驚くることになるかも知れない。
それまでは、メソッドや理念だけを密かに書きためておこうかな、と思う。
かつてツボ治療を教えるのを諦めて、原稿だけを残していたように。
タオサンガは、”互いの幸福に責任を持ち合う世界”のモデルケースになるはずだった。
もし、そんなコミュニティが本当に生まれるべきものなら、今回は叶わなくても、いずれはどこかで(あるいは、いつの世紀か乃至、どこかの星で)、これまで蒔いた種が花咲くだろう。それまではとりあえず、忘れていることにしよう。
僕が、タオ指圧の根幹であるツボ治療を教えることを諦め、あとは後世に託すことにしよう、と思ったのは30代半ばだった。
まあ、かつても今も、考えることはあまり変わらない、ということかな。
ヒッチハイクするため、深夜の国道に立っている、16才の時の自分とも、、、。
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