霊的存在と生きる(14)諸霊が救済を求めて来るサインは?

隠しておけば良かったのかも知れないが、

つい”話を面白くしよう。

(耳の痛い話よりはいいだろうし……)”

何てことを思って、

つい昔の資料にあった、

他の星の諸霊救済についての記述まで

バラしてしまった。

 

ただ、宇宙全体の諸霊の救済というものが、

どれほど膨大なスケールのものなのかが、

当時、僕なりにイメージできたことは

良かったと思っている。

 

というのは、

その後、経典の漢文読み下しを読むようになり、

そこで記述されていることも、

まあ似たようなニュアンスでだったからだ。

 

例えば、法華経にも、「諸仏が膨大な数の衆生を救済する」

等について説かれている。

 

経典が書かれた当時の宇宙観と、天文学が発達した今日

(と言っても1950年代だが)の宇宙観は全く異なる。

 

だから従来で「法界」と言えば、

霊界という側面しかなかったのだ。

 

それが、先の資料では、霊界を含んだ宇宙を法界と呼ぶ。

 

そして、法華経では、「膨大な衆生が度脱(救済すること)された」、

とだけ記述されていた。

 

それが、1950年の資料では、

救済される具体的な対象として、

他の星の衆生のことまで出て来た。

 

時代の変遷によって表現が変わった、

と考えられなくもない。

 

僕にとっては、それらによって、

修行の際に抱く法界回向というものの

イメージの助けになった。

 

また、経典に記述されている

「膨大な衆生の度脱」というものを、

具体的にイメージすることができたのは良かった。

 

もしかしたら、かつてもそのような霊的回向は、

密かに行われていたのかも知れない。

 

 

何せ、「諸仏によって膨大な衆生が救われる」

書いてあるのだ。

 

このあまりにも多い数の衆生を救済するなら、

霊的な法界回向以外にはかんがえられないのだ

 

それから中有(15段)というレベルの

救霊についての話が出て来る。

 

従来の仏教で中有とは、

亡くなってから49日の間、

次の世界への転生が決まるまでいる世界のことだ。

 

なので一応、混乱を避けるために述べておくが、

この法門を開いた人(妙聖師)によれば、

中有とは、人間界と修羅界の中間の世界とのことだった。

(名称は同じだが、別の意味なのでややこしい)

 

そして、”中有(15段)の霊が救いを求めて来ると苦しい”

ということも言われている。

 

たしかに、救われない霊がたくさん集まって来ると

身体的に苦しい。

 

しかし、諸霊の具体的なレベルなど、

僕にはわかりようもない。

 

それでも感覚的にある程度は分かる。

 

僕が認識している限りでは、

諸霊が救済を求めて来たサインは

、軽いもので脳(頭の中)に痒みを感じたりする。

 

頭痛などもそうだ。

 

それから、呼吸が重くなる、というのもある。

 

(そういえば、先にも述べたが、

心理学者カール・ユングの家が諸霊で一杯になった時、

家全体が重苦しい空気に包まれていた、と述べていた)

 

タオ指圧で出張治療をしていた時のこと。

中には、家で全体が重苦しい空気に包まれてい

て、それで病気になっているような人もいた。

 

そんな場合、その家の方にお願いして、

治療の前に、霊的回向をさせてもらっていた。

 

もちろん、費用は頂かないが

、最初は訝っていたご家族も、

後になると、実は……と、

いくつかの霊障体験のようなものを話し始める。

 

(”夜中に目が覚めたら覆い被されていた”とか、

そんなたわいも無い話ではあるけど)

 

そして、空気が軽くなった、と喜ばれた。

 

また、深刻な場合もあった。

 

そこは豪邸ではあったが、

重苦しさの余り、僕がしんどくて堪らないので、

1日中、そこの一部屋に籠って

霊的回向をさせてもらったことがある。

(二回ぐらいはやったかも知れない)

 

実はそこは著名人の家だったのが、

それから数年後に、

ネットで過去の記事を見つけてびっくりした。

 

何とその家では、

昭和の時代だったが、

数名が死んだ殺人事件があったのである。

 

家の人がそれについて話すことは、

もちろんなかったが、

後で、”ホッとした”とか

”楽になった”と感謝はされた。

 

その他の経験は…….

 

れまでタオ指圧は、

タイのビーチで世界から百数十名を集めて、

2週間ほど合宿をやることがあった。

 

その合宿場のホテルを探していた時に、

理想的なところを見つけて入った。

 

建物、設備、立地、値段など、全て申し分がなかった。

 

ただし、中にいるとあまりにも重苦しかった。

これはどうしたものか、と迷ったが、

気が重いので、結局はやめた。

 

後でわかったのだが、

そこは火事を出したホテルで、

大勢が亡くなったとのことだった。

 

それから、僕には、

家出していた時に世話になった叔父がいた。

 

ある日、訪ねて行ったら、

余りにも家が重苦しかったので驚いた。

 

このままで、大丈夫かな、と思ったけど、

2か月後に電話したら、果たして病気で入院した、

とのことだった。

 

僕は、霊的回向の修行を始めて、

まだ1、2年だったけど、

陰ながら、定期的に霊的回向を行い始めた。

 

そして、一か月後に会ったら、

”すっかり良くなって、

入院前よりも調子が良い”と言われた。

 

……と、こんなことを述べていると、

陰ながら行う霊的回向(これを特別回向というが)には効果があるんだから、

もっとやらないとな、と反省する次第である。

 

さて、諸霊の話はこれぐらいにして、

少しは魔についての話もしよう。

 

魔の場合は、先にも述べたが、

急激に気エネルギーが吸われていき、僕はへたる。

妙な腹立ちが起こることもある。

 

ところで、長い間、抵抗して来たが、

霊的世界を認めるようになって、良かったことがある。

 

それは、妙な腹立ちが起きた場合、

自分が魔にやられそうになっている、と認識することで、

原因を他の誰かに求めなくて済むことだ。

 

そして回向浄化して、気持ちを速やかに転換することができる。

(その道場では、呪文を唱えて、魔を一瞬で浄化するメソッドなども

教えてもらったので、いずれ機会があれば、ご紹介したい)

 

ところで、僕が渋々ながらも霊的世界を認めるようになったのは、

このシリーズの最初に述べたように、

タオ指圧の臨床では不可欠なものになってしまったからだ。

 

気や経絡といったレベルでは到底治せない症状がある。

それらの治療法を体系づける中で、

霊的世界に直面せざるを得なくなったのである。

 

タオ指圧臨床において諸霊救済は、比較的、楽だ。

 

だが、魔が入っている場合は、

一筋縄では行かない。

 

信じられないほど、相当の集中力を必要とする。

 

魔は、様々な気持ち悪い形態を取っているので、

治療していて正直、あまり気持ち良いものではない

 

悪蛇に噛みつかれながら治療していることもある。

(物理的には痛くないからまだいいけど)

 

余り考えたくない対象ではあるので、

今はとりあえずこの辺で話を終えることにしよう。

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