人生にも世界にも、無限の宝庫が眠っている

人に尊敬されたり、見上げられたりすることで、

人が幸福を感じることはない。

 

もし、尊敬されることで、幸福を感じる人がいるとしたら、

よほど劣等感コンプレックスが無意識にあるのだろう。

 

人間なんて、所詮どんぐりの背比べ。

 

というより、無意識の深いところには、

地獄の心もあれば、浄土の心もある。

 

基本的には、どんな存在にも、

宇宙の全てのレベルの心が内在しているのだ。

 

(サイコパスは、ちょっと霊的形態が違うけど、

まあそこは置いておいて)

 

それに人は、

自分の無意識の投影でしか、他者を認識しない。

 

それがわかっていれば楽だ。

(頭でなく、体感としてだけど)

 

人が自分をどう観ていようと、

それは人が、自身の無意識を

自分に投影してみているに過ぎないのだから。

 

相手が、

自身の光の部分を投影して、自分の部分を観ているのか?

 

それとも、

暗い部分を投影して観ているのか?

 

それに応じて、相手は自分を持ち上げたり、

怒ったりしているに過ぎない。

 

こちらとしては、基本的には、

相手に内在する無限の潜在力を観ているだけ。

ただ、それだけだ。

 

 

ただ……..

それにしても、と思う。

 

せっかく、宇宙大霊が内在しているのに、

無限の潜在力があるのに、

ケチな根性で、

つまり、

他の人に分かち合う行動をしないために、

生かすことなく、腐らせていく人が多い。

……あまりにも多い。

 

人に内在する、

大霊や潜在力を観て、

敬意を持って接していると、

残念に思うことが多い。

 

”気づいて欲しいなあ”と心から思う。

人生にも世界にも、無限の宝庫が眠っている。

 

それは、自分が持っている無限の力を、

世界に分かち合うために生きることで、

発見できるんだ。

今日のプライム法話『世界に笑いをもたらそう』7分

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