“どなたか、使っていないi pad をお持ちでしたら、うんと安くお譲り頂けないでしょうか?ベツレヘムに住むパレスチナの看護学生に頼まれていまして、つい「何とかする」って言ってしまったのです”と、Facebookに投稿したのは1か月ぐらい前だっただろうか。
ベツレヘムというのは聖書にも出てくるようにイエス・キリストが生まれた街である。そこのフェスティバルにアースキャラバンで毎年関わっているので、今や年に2回ほど行っている。
何せイエスの生まれた街だから、世界中のキリスト教徒にとっては、エルサレムと並ぶ最大の聖地の1つである。当然、観光客も多いはずだし、イエスが生まれた場所に建っている教会(生誕教会)の門前市の土産物屋は、「かつては」大にぎわいであった。
なぜこれが「かつては」なのかには理由がある。実はこのベツレヘムは、パレスチナ自治区の中にある。そしてイスラエルとしては、観光客がパレスチナ自治区内に入るのが気に入らない。観光客がパレスチナ内でお金を使うのも気に入らない。またパレスチナ人と仲良くなることも気に入らない。
なぜならイスラエルを支配する1%としては、パレスチナ人たちにはなるべく海外に出て行ってもらいたい。(そうすればパレスチナ全土を完全に植民地化できるので)つまり、パレスチナ人の生活が向上してもらうのは困るからである。
1%は、世界中のメディアを使って、あの手この手で「パレスチナ人はテロリスト」というイメージを植えつけている。しかし実際に、観光客が生身のパレスチナ人と友達になってしまうとその嘘がバレる。それもまた困るのである。
もちろん、イスラエル国内のメデイアも、「パレスチナ人はテロリスト」のイメージを植え付けることに「超」がつくほど熱心である。(おそらく中国もウィグル族に対して同じだろう)その上、イスラエル人がベツレヘムに行くことは法的に禁止されている。見つかれば$5000の罰金が課せられるほどである。
なのでイスラエルは、2年ぐらい前から、「ベツレヘムに観光客を宿泊させる旅行代理店は、その資格を剥奪する」ことにした。その表向きの理由は、「安全が保証できない所に観光客を宿泊させるから」だそうだ。
そう言えばますます「パレスチナ=テロリストがいる危険な所」というイメージを植え付けることができるので、イスラエルの1%としては、一挙両得である。
ベツレヘムには世界中からキリスト教徒がやって来る。だが、イスラエル観光局のあの手この手の脅しが効いている。観光バスはイエスが生まれた生誕教会の目の前に直接乗り付ける。観光客は、サッとお参りしたあと、逃げるようにまたバスに乗り込むようになった。
かくて、かつては大賑わいだった生誕教会までの長い門前市は、全てシャッター通りとなった。今では少しばかりの距離、土産物屋が数軒並んでいるに過ぎない。
その土産物屋の1つでバイトしている兄ちゃんが、ある日僕に話しかけて来てちょっと話した。後日Facebookで友人申請が来たのだが、彼は看護学生で名前はアリといった。
帰国後、東京で地下鉄を待っていたら、突然FB電話がかかって来て、話した。それからは、なんかしょっちゅう連絡が来るようになった。拍子抜けするような、たわいも無い内容である。今日はご飯食べたか?とか、、、。
こっちは忙しい身なのに、なんでそんなしょうもないことで連絡してくんだよ。何食べたかななんて忘れたよ、とか思った。が、まあ適当に短文で返したりしていた。
そんな中、 “友達がipad 探しているんだけど何とかならないかなあ、、、”とか何とか電話で相談して来た。僕は”そっちで買ったら? とか適当に返事していた。
僕は、”こいつ友達が、、、とか言っているけど、こりゃ 本人のことだな”と、なぜかピンと来た。それが面白かったので笑ってしまった。そしてつい、”それお前のことだろ。何とかするよ”と言ってしまったのである。
、、、ようするに、ちょっと落語っぽい流れだった。”こりゃ相手のネタの勝利だな”と思った。
それで、中古ipadを探し始めたというわけだ。その後、九州の河野さんという方から、”ヤフオクにこんなのあったよ”と6700円のipadを知らせて頂いた。僕はその時、東京で忙しかったので、深く考えるのが面倒だった。それで即決落札したのである。
アリのネタの時もそうだが、僕は断る理由を考えたりエネルギーを使ったりするのが面倒になると、つい安請け合いしてしまうことがある。結局、あとが大仕事になるのだが、この時もそうだった。
さて、この物語の最終章は割と美しかったように思う。ここからが実は本題である。ipadが届いて、足りない部品を付け足した僕は、最初、パレスチナで活動する日本のNGOの人に持って行って頂こうと思った。
郵送費のこともあるが、パソコンを送るのは壊れないか心配だ。それにパレスチナに直接送っても、イスラエルの税関を通すことになり、どんな難癖がつくかわからない。
(日本在住のイスラエル国籍のパレスチナ人がイスラエルに里帰りした際、滞在期間中ずっと、空港の税関でパソコンを没収されたままだったことがある、と当の本人から聞いたことがあったのだ)だからアリには直接送りたくなかった。
日本のNGOの人は、2週間後にはパレスチナに向かうと聞いたので間接的にお願いしたのだが、断られてしまった。それで結局、丁寧に梱包してイスラエルのマガリに送った。これなら無事に届く。
問題は、一般のイスラエル人がベツレヘムに行くことはご法度、ということである。もちろん、パレスチナ人がイスラエルに入ることもできない。距離はわずか車で30分の所にお互い住んでいながら、だ。
しかしなぜか、イスラエル人とパレスチナ人が公式に出会える場所がある。それがエベレスト・ホテルだ。これは、東エルサレムにあるアラブ人経営の老朽化したホテルで、イスラエルの軍事基地が目の前にあったような気がする。(僕はここでイスラエル人・パレスチナ人合同のワークショップをやったことがある)i-padをエベレストホテルに届けることは、マガリが提案してくれた。手渡し時間は、夜8時半。
ipadが届くと聞いて興奮状態のアリ。(僕はまず、”アリ! 落ちつけ、、、” と言わなければならなかったほどである)そして、”エベレストホテルにイスラエル人のマガリが今日の夜8時半に届けてくれるから取りに行きなよ”と伝える。
また”マガリは、イスラエルの税関が7000円のipadに課した$60の税金を払ってくれたんだよ”とも伝えた。一般にアラブ人が時間にルーズなのを知っている僕は、さらに、”絶対に時間に遅れないように”と付けるのも忘れなかった。
というのは、マガリはその後、パレスチナ人の人権を守るイスラエル人のグループと大事なミーティングがあったからだ。(マガリたちは今、右翼のイスラエル人からハラスメントを受けている。その対策についての会議がエルサレムで予定されていた)
かくて日本のヤフオクで落札され、海を渡ったipadは、無事、イスラエル人マガリからパレスチナ人看護学生のアリに手渡されたのであった。
もしかしたら、アリが一般のイスラエル人(しかも、パレスチナ人の人権擁護活動をしている人間)に会うのは、初めてのことだったのかも知れない。
その後、アリからは、”マガリはとても優しい。彼女は、ワンダフルな女性だ。僕は、彼女とあなたを家に招待したい。いつ来れる。明日来れるか?”と興奮して電話がかかって来た。
(こいつ、状況わかってんのかな? それにイスラエル人がベツレヘムに行けないのも、どうも知らないようだ。それとも興奮し過ぎてわからなくなったのか?)
それで、”あのさ、僕は日本であなたと電話しているんだよ”と答えた。”ああそうか、、、”と答えるアリ。(もうわけがわからん)ただ僕は、イスラエル人がベツレヘムに行けないという現実は伝えなかった。何か言うのが悲しくて、、、。
ここに至るまでのやり取りの中で、アリからは、”僕はあなたのために一生祈り続ける”なんて言うメッセージまで来たりした。僕は、”そんなこたぁいいから、世界中の人のために祈ってくれ”と返したりした。(そうしたらアリは、翌日のFacebookで”僕は世界のために祈る”とか投稿していて面白かった)とにかくアリからの電話やメッセージのやり取りは、やたら大げさだった。
僕には、アリがイスラエル人マガリと出会って、彼女の優しさに触れてくれたことが、一番嬉しかった。
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