2011年8月の記事

感謝にこそ、逆転の発想で

2011/08/28 Categories: 日記

今日、四歳ぐらいの子どもが祖母らしき人に叱られ、救いようもなく追いつめられているのを見た。子どもが大人に傷つけられているのを見ると、いつも胸が痛む。

ふと僕は、「なぜこの人は孫に感謝しないのだろうか?」 と不思議に思った。

何があって叱っているのかはわからない。しかし、自分が祖母でいられるのは、この孫のおかげではないか?

子どもは親に感謝すべきだという儒教思想がある。でも、何ごとも逆転の発想をするアマノジャクな僕としては、逆に考える。

親は、子どものおかげで親になれた。言わば、子どもに親にしてもらったんだから、子どもに感謝するのが、むしろ自然ではないか? と思うのだ。

ついでに、すべて逆転の発想でいこう。NPOユニは、「おかげで自分たちの存在意義があります」と支援先に感謝する。先生は、「おかげで、先生でいさせてもらえます」と生徒さんたちに感謝する。

感謝にこそ、逆転の発想が必要だ。

それはなぜか? 感謝は人の心を最も豊かにする感情の一つである。しかし、私たちの無意識は誤解しているのだ。

どう誤解しているのか? 私たちは、「エラい人に対して感謝する」のが感謝だという風に、心のどこかで思っている。

それは、長い間の人類の刷り込みによる、思い込みというものである。

おそらく、権力者が下層階級の人間に「おまえたち感謝しろよ。おまえ達は王様のおかげで暮らせるんだから」となどとノタマワって感謝を強いて来たからに違いない。本当は、下層階級の人間の働きによって、王様は生かされていたに過ぎないのに。

旧ソ連でも、子どもが幼稚園で最初に覚える言葉が、「同志スターリン、ありがとうございます」だったというから、権力者という奴は、常に民衆に感謝を強いるものなんだろう。それだけ不安ということなんだろうが、全くしょーもない。

言うまでもなく人類は、一握りの権力者とその周辺の貴族以外は、みな下層階級の人間だった。だから人類一般の無意識は、“お上に媚びへつらうのが感謝である”という風に思い込んでいるのである。

そこで、だ。親や教師など立場の強い者が、子どもや生徒など立場の弱い者に対して感謝する。そんな風潮が生まれれば、誰もが感謝できるような、豊かな社会が生まれるのではないかと、何となく思うのである。

僕はそこで、ようやくわかったのだ。なぜ、インドの乞食があんなに威張っているかが。

インドで乞食にお金をあげても、「少ないからもっとよこせ」と当然のような顔で言われることも、平気でよくあった。そのたびに、腹を立てていたワタクシが間違っておりました〜。

いやー、やっぱりインドは深い!

 

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25年ぐらい前のもので申し訳ないが、写真は、

毎日会っている内に友だちになった、乞食のおじさん。
けっこう人気者で、足が不自由で歩けないのに、なぜかインドやネパールを旅していた。
「返すからお金貸して」と言われて貸したら、本当に返ってきた。
まさに、インド人もビックリ!
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目まぐるしく動きながら、心は沈静

2011/08/12 Categories: 日記

心があまりにも内面に向かっていると、ブログを書くという気になれない。それどころか、ブログの存在すらもすっかり忘れている。

先週、新曲の仮レコーディングをしてみた。

その翌日は、地元京都のフェスに出演。


<楽屋で演奏前のひととき>

 

その後、片道7時間半をかけて、島根県の和田寺に行った。それは、お寺をお世話して下さっている集落の方と、法要の打ち合わせをするため。二泊した後、帰京。


<住職を拝命している和田寺は、町の史跡になっている>

それでも心は内面に向かい続ける。目まぐるしく動いている日々なのに、心がひたすら沈静し続けていることだってあるのだろう。

秋に新刊発行の予定。DVD付きになるので様々な準備をしている。もしかしたら、この新刊がくせ者なのかも知れない。

唐突で申し訳ないが、職業病というものがあるように、職業カルマ、あるいは文化カルマというものがあると、僕は思っている。

例えば、居合道なんかやる人が本物の真剣を購入して、病気になったりすることがある。これは、居合道をやっている人に聞いた。
武道カルマというものの為せる技かも知れない。
ここでいうカルマが何かと言えば、それは、ある職業なり文化に染み付いている「垢」みたいなもの。
はるか昔から、それに従事して来た人たち特有の心の傾向の中に潜む闇のエネルギー(気)。僕はこれを、仮に職業カルマ、あるいは文化カルマと呼んでいる。
その前提で言えば、医者カルマもあるし、お寺カルマなんかもあると思う。その他、記者カルマ、カウンセラーカルマとか、警官カルマetc
。(まあ、人の弱い部分と関わるとか、立場上、人の上に立つような仕事は、闇のエネルギーが潜みやすいわけです)
そして、指圧やら鍼やらの、いわゆる東洋医学カルマにも、もちろんそれはあるわけで、今度の新刊は、それと真っ向から対決する内容なので、どうやら闇のエネルギーの抵抗を受けるようだ。

だから、書いている時は大変しんどかった。まるで、何者かに邪魔されているかのようだった。毎日、南禅寺奥の院の滝に打たれに行きながら書いていたけど、それでも最後には、とうとうダウンしてしまった。その時は、神経が参って毎日2時間しか眠れない日が続いた。
まるで力石のパンチをくらってダウンした明日のジョーのようなもの。あるいはそれではカッコ良すぎるから、ひからびたグレゴールザレム(虫)のようであった。<注:グレゴールザレムというのは、ある朝起きたら虫になっていたという、カフカの小説に出てくる主人公のこと>
だから脱稿した後も、いろいろと大変だった。果たして原稿は、無事に発刊されるのだろうか? 今は天に任せて、皆さんにお手伝い頂きながら、粛々と作業を進めている。

明日は、ライブハウスで数曲ほど演奏の予定。ライブハウスに出演するなんて、随分と久しぶりである。
そういえば、はるか昔、「拾得」という京都の老舗ライブハウスで、今は亡き詩人ナナオとのジョイントで、演奏したことがあったな。

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