2011年6月の記事

音楽もそうだけど、何でもノリが大事である

2011/06/27 Categories: 日記

出版社の法蔵館編集部に行った。新刊の打ち合わせのためである。
法蔵館は、「タオ、気のからだを癒す」を出してくれたところ。
そういえば、あの原稿は、英語、イタリア語、スペイン語、

ヘブライ語、ドイツ語、フランス語では出ていたけど、法蔵館から出版されるまでは、日本語では出ていなかったのだ。
この日の打ち合わせは、「気の幸福力」の紙版の書籍について。
僕が、どうでも良いジョークを飛ばしながら打ち合わせしたら、笑いながらノってくれた。
ストレートなノリは、編集長代理の田中夕子さん(写真右)。笑いをかみ殺すように(?)ノってくれたのが、満田みすずさん(写真左)である。




また、写真には写らなかったが、販促部長の木村恭子さんも社長の西村明高さんも途中に同席。みんな、打てば響くようにノリが良かった。音楽もそうだけど、何でもノリが大事である。(特にジョークのノリは、ね)
、、、と、まあ、ここまで書いてから、ふと思った。
もしこれが、実はみんなで、適当に僕に合わせてくれていただけだったとしたら、どうしよう〜。
僕が勝手に満足して「何でもノリが大事である」などとノタマワっているとしたら、これは相当おマヌケな話ではないか、、、。
うーん、“恐るべし法蔵館”なのか? それとも僕が、“思春期的自意識過剰症候群”なのか?
なーんちゃってね。



<追伸>

法蔵館のブログにも載っていた、、、。
http://hozokan.blog67.fc2.com/blog-date-201106-2.html
うーん。写真に写った自分の顔を見て、やはりちょっとマヌケっぽいなーと思った。”
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文化はヒマから生まれる/休む自分を誉める

2011/06/24 Categories: 日記

7、8年前だったと思うが、”よし、今年一年は、休むことを仕事にしよう”と思ったことがあった。でも残念ながら、思っただけで終わってしまった。(その後、次々とプロジェクト立ち上げちゃって)

でも、そもそもの動機は何だったかのだろう?
文化はヒマから生まれる、なんて思ったからだったかも知れない。

なんせ江戸時代の日本人は、今と違って、あんまり働かないで、おしゃべりしたり将棋さしたりして遊んでいたらしい。完全リサイクル社会だったし、、、。だから江戸文化が花咲いたのかな?

そんなことを思って、何年も前のことだけど、近所の将棋センターに行っていたことがあった。昼間からおじさんたちがビールなんか飲んで、将棋さして遊んでいて、良い雰囲気だった。
”やっぱりこうでなくちゃな”なんて思って、僕も混ぜてもらっていた。20歳の頃に住んでいた清和荘という伝説のアパートは、住人が皆こんな感じだった。そんな中で、僕は、STRAXE(ストララグゼ)という戦略ゲームを発明したのだった。

それから、インドをバックパッカーとして貧乏旅行した人ならわかるだろうけど、
インドにいると、一日一つのことしかしない。例えば、今日は銀行で両替するとか。駅に切符を買いに行くとか。

それは例えば、銀行員がチャイを飲んでおしゃべりしながら時々仕事をする、というペースなので、行列が長くなって時間もかかるからでもあるが。

カーリー寺院を見に行ったとかになれば、それは大仕事である。後は、何もやらない。
カレーを食べるのとチャイを飲むのと、、、せいぜい、安宿で他のバックパッカーと旅の話を咲かせるぐらいである。

この時、旅をしている長さで、旅人同士のヒエラルキーが決まるというのが、何とも、、、、。まあそれは、病院の待合室に集まる老人たちのヒエラルキーが、病気の重さだったりするのと同じようなもんである。
きっと最近では、日数や支援の大きさで、被災地ボランティアのヒエラルキーなんかも生まれているだろうなあ、、、。ああ、人間って。

それはともかく、再挑戦。レベンジである。
いろいろとプロジェクトがあっても、とにかく少しでもインド旅行っぽいノリで休めば、自分を誉めて、”よしよし、よく休んだぞ。” と思うことにしよう。

ということで写真は、僕が休む喫茶店「茶夢」のマスター。
ご夫婦でノラ猫の世話をされている、優しい人たちである。
ここでマンガや週刊誌を読みながら、気分をインドの旅へ。



カルカッタのマザーテレサのセンターも、皆ハードワーカーだったことは、今は忘れることにしよう。お釈迦さまが50年間、一日も休まなかったことも、弁栄上人もまたそうだったことも、忘れることにしよう。、、、休むときには。

 

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三日間のイベント終わる

2011/06/05 Categories: 日記

イベントの三日間は、まさに疾風怒濤だった。
タオ指圧の専用ルームは、いつも受療者で混み合っていた。
受療者全員が、タオ指圧によって必ず症状が取れるという体験をしてもらう方針で臨んだ結果は、思った以上だった。
“ミラクル!”(奇跡だ!)とかの様々な賛嘆が患者さん達の口から漏れたそうだ。

部屋全体に喜びと驚きの“気”が 満ちていた。 
施術費は定めなかった代わりに寄付箱を置き、「全額東北被災者の支援のために使います」とだけしたためた。そんなタオ指圧イタリアの心意気が来訪者にも伝わったのだろう。部屋には明るく温かい気が漂っており、それが僕を幸せな気分にした。

一方、治療デモンストレーションやワークショップも思った以上にうまく行き、僕はホッと胸をなで降ろすことができた。 
しかし今回のイベントで、僕が本当に驚いたことは別のことだった。
それは、集まったメンバーの全員が、何一つ自分の利益を求めて参加していなかったことだ。
彼らは三日間というもの、朝9時から夜の9時まで、まるで休むことなく献身的に、それこそ汗水垂らしてワークに従事した。
ここまで無私無欲の行為を、忍耐強く一日中続ける彼らの謙虚な姿を見て、“やっとタオ指圧に、このような生き方をする人たちが集まって来るようになったのだ”と、僕は深い感動ともに思ったのだった。

タオ指圧の、これまでの長い長い道のりを思うと、僕はそう考えずにはおれなかったのだ。   さて、三日間のワークを終えたタオ指圧ルームで、輪になって一人づつ感想を述べ合った。
その時、ダビテという人が語った。
“このイベントには数多くのブースが出店していましたが、ほとんどがビジネスのためでした。しかしタオ指圧だけは違った。私利私欲がなく、何—つビジネスの匂いがしなかった。私はそれが本当に素晴らしいと思ったし、来訪者の皆さんも、それを感じたのではないでしょうか”
またローマから応援に来た野宮さんは、“今まで自分は、痛みの2、3割も取れたら良しとしてしまっていました。
けれども、そうではなかった。タオ指圧では、一回の施術で、ちゃんと症状が取れるということが体験できて良かった”と述べた。
アルフレッドは、“イベントでのタオ指圧ルームに、間違いなく、阿弥陀如来が臨在されているのを感じた”と語った。
さすがは、ウィーン阿弥陀センター代表の発言である。
そして僕の番になった。
「今、野宮さんが語られたように、タオ指圧で症状が取れることは当たり前のことなんです。何と言っても、患者さんの潜在意識に働きかけるのがタオ指圧なんですから。
でもタオ指圧臨床の真の目的は、症状が取れるという、そんな“タオ指圧にとって当たり前のこと”にあるのではありません。実は、真のタオ指圧の目的は、受け手の運命を良きものに変えることなのです。 そして、そんなことすら可能となる治療家になるカギはどこにあるのか? それは今、アルフレッドが述べたことと関係する、念仏修行なんです。」
こんなこと、知らない人もきっと多いことだろう。
これらのことは、今後もっと明らかにして行かなければならないな、と思った。

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始まったイタリアでのイベント

2011/06/03 Categories: 日記

イタリアの代替医療イベントが始まる前のミーティングで僕は提案した。

「施術を受けに来た全員に、症状が取れた状態で帰ってもらうことにしましょう。そしてタオ指圧が、どんなに他の療法とは異なり、治療効果のあるものであるかを、はっきりと体験してもらいましょう。」

このため、全体の施術の時間は45分。前半と後半を二人で行う。すなわち、基本手技スタッフは20分で終え、その後は、症状を取る治療専門スタッフに任せる、という体制にしたのである。

治療専門スタッフは、ロリダナ、アルフレッド、オリバーといった面々。いずれもタオ療法の治療者である。また彼らは、プライベートな生活よりも、仏道の弘通を人生の根本目的として置いている。

実はタオ療法の劇的な治療効果は、そんな生き方から生まれるのだ。もっとも、こればかりは、実際にその心境になってみないとピンと来ないことなので、説明の仕様がないのだけれど。



受付や来訪者への説明は、アントニオ、アンドレア、アレキサンドラ、ダビテなどが行う。

僕が彼らに、「この部屋に来た人は、どんな人でも温かく迎えられるようにして下さい。その人が施術を受ける受けないに関わらず、“タオサンガの部屋で、自分は大切な存在として扱ってもらった”という気持だけは、必ず持って帰ってもらうように」と、必死で強く訴えた。

これは、僕はどこのセンターでも、いつも気にしていることだ。人が集まると、仲間内だけで話してしまうことがある。あるいは、自分が話している相手だけにしか、気を向けなかったりしがちだ。

僕は、センターに初めて来た人が、少しでも気遣われなかったり、また、大切に扱われなかったりするのを見たりしたら、本当につらく悲しい気持になるのだ。

さて、まゆさんには、治療専門スタッフだけでなく、部屋全体の采配を頼んだ。僕は僕で、治療デモンストレーションの一回一回をこなしていかなくてはならない。

三日目は、何と、ワークショップと治療デモンストレーションの時間が30分重なっている、、、。どうしよう? 僕は、11時40分から2時までワークショップをやっている。しかし治療デモンストレーションは、1時半から始まるのだ。

そこで、一計を案じた。まず、何人かのイタリア人スタッフで、1時半からの治療デモンストレーション見学者たちを相手に、気のテストなどをやっていてもらう。

2時にワークショップを終えた僕は、すぐに中庭にかけつけ、2時半まで30分の治療デモンストレーションを行う、という段取りである。休めんな〜、などとは言っていられない。

イベントは、金曜日こそ2時から始まるというものの、土日は10時から始まり、終わるのは何と夜の9時だ。ヨーロッパの夏は、8時でもまだ明るい。だから、まあこんなものか。夏のヨーロッパは、1日が長い。

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イタリアでもイベント

2011/06/01 Categories: 日記

「イベントの疲れは取れましたか?」というメールをイタリアで受け取り、思わず机からずり落ちそうになってしまった。
イタリアでのこちらは、大変な重圧を感じる中で代替医療のイベントが始まるところだったからである。

タイ経由でベローナにやっと着いて、午前中は、湖畔のホテルで朝食をゆっくりと頂いた。
しかし優雅な時間は、そこまで。
午後からは、もうイベントの準備に取りかからなければならなかった。

金土日と3日間続くこのイベントでは、手技療法やヨガ、アユルベーダ(インドの伝統的な薬草医学)の他、様々なヒーリンググッズが展示販売を行う。
伝統的な建物に、庭まである広い会場で行われる、フェスティバルなのだ。

その中で、タオ指圧イタリアは、チャリティ施術を行う部屋を一つ取るだけでない。
ガーデンでは日に何度も治療デモンストレーションを行う他、日曜日には2時間半の無料ワークショップまでこなさなくてはならない。
フェスでもけっこう重要な位置を占めているのである。
チャリティ施術には、ローマから絹子さんや野宮さんがサポートに来るだけでなく、オーストリアからもアルフレッドやオリバーも応援にやって来る。総勢で13人だ。


「準備でごった返す会場」

施術の部屋については、まゆさんに任せることができる。
しかし治療デモンストレーションやワークショップは、僕がやることになっている。(イベントのパンフレットに、名前まで書いてあるんですよ?。)
治療デモンストレーションというのは何かというと、「どこか痛みなどの症状がある人はいませんか?」と会場で呼びかけて、出てきた人の症状を数分の治療で取っていくというものだ。
やる前は、“一体、治んなかったらどうすんだよ。恥かくだけじゃねーか”と、実は内心自分にぼやきながらの技である。
しかも会場では、「痛みなどの症状がある人は集まって下さい。日本から来たマエストロ遠藤喨及が、タオ指圧でどのように症状が取れるかの治療デモンストレーションを行います」などと、毎回放送までされてしまう。
そんなのを3日間で6回もこなさなくてはならない。しかも2時間30分のワークショップまであるというのだから、”ああ、無情!”。重圧以外何ものでもないのである。(リングに上がる前のボクサーとまでは言わないけどさ。うぅっ。)
そんな”ああ、どうしよう~。早くモードを切り替えなきゃ”なんて内心思っている中で、「イベントの疲れは取れましたか??」なんていうメールをもらったので、ものの見事にずっこけたのであった。
そう言えば何日か前に、京都でUNIチャリティイベントなんていうものがあったんだっけ?。

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