2013/12/08 Categories:

博多に行ったのは、いくつか目的があったからだ。

まず、博多の書店で「気の体験イベント」&音楽ライブをやるための打ち合わせ。
それから、九州タオサンガの立ち上げ準備のためである。

その他にもあった。

佐賀に、戦時遺品の返還プロジェクトをやっている、塩川さんという人がいる。佐賀で塩川氏にお会いして、タオサンガに届いた戦時中の慰問袋のことを相談したいと思っていた。

また、沖縄戦の遺品があれば、今回、沖縄に行くに当たって、それも持って行けないかと考えていた。(博多の後は、沖縄に行くので)

だが、出る直前に塩川氏は不在だということがわかった。その代わり、関西に出て来られるので京都で会うことになった。

 

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<日にちは前後するが、右が戦時遺品の返還プロジェクトをされている塩川さん。フィリッピンから帰ってきたばかりとのこと。氏には、貴重なアドバイス、情報等を頂いた>

 

健太郎さんとの出会い

書店でのイベントをつないでくれたのは、新部健太郎さんというダンサー。彼との出会いもまた不思議な縁によるものであった。

6月に博多でタオ指圧体験講習をやったときのことである。大昔、僕が東京に住んでいた時に講習会に来られていた人に声をかけられた。会場の公民館の廊下で。その時に、一緒にいたのが、新部健太郎さんであった。

その時は、10分ほどロビーで話をしただけだった。でもその後、お互いフェイスブックでつながってやり取りするようになった。

そして、彼が企画に関わっている“書斎りーぶろ”という書店で、ワークショップと音楽&ダンスのコラボをすることになったのである。

書店でのイベントというのは、僕はずっと以前、ハワイの大きな書店でデモンストレーションとサイン会というのをやったことがあった。それで、何となくイメージはつかんでいた。

実はその時、企画した人に「サイン会なんてやって、有名作家じゃあるまいし、人は来るんですか?」と聞いた。

そうしたら、「大丈夫。“痛みなどの症状がある人は、指圧デモンストレーションで治します”」って、新聞に出したから」
、、、そうか。こちらは「なるほど」というしかなかった。

まあその時は、なんとか次々に症状を取っていったので、来た人は喜び、本も在庫が全部売れて書店も喜び、僕もホッとしたのだった。

 

ダンサー、健太郎さん

<ダンサー、健太郎さん>

 

ディープな博多の初体験

さて、博多第一夜は、九州タオサンガメンバーと居酒屋でミーティング。学校の同窓会で来ていた、九州出身で今は横浜在住のみさきさんも参加した。このメンバーで会うのは、夏にタイで行われた世界大会以来である。

翌日は、健太郎さんとみさきさんの3人で居酒屋へ。なにせお互い初めて会ったようなものである。僕も今でこそ、ちゃんと「健太郎さん」と書いているが、メッセージには「新太郎さん」と書いていたぐらい、彼については何も知らなかった。

で、「新太郎さん、いや健太郎さんはお酒飲むんですか?」と聞いたら、「まあ、たしなむ程度は、、、」という話だった。

、、、が、それがディープな夜になろうとは、、、。
というのは、話が文学論まで出るほど多岐に及び、例えば稲垣足穂(「少年愛の美学」の著者)だとか、最近では、まず名前を出す人なんかいない人たちの話まで出て来て、もう僕はびっくり。

さらに、たしなむ程度、と聞いていたお酒は杯を重ね、ではもう一軒、ということになると、文学論をかわした後じゃ、断るなんて、かっこ悪くてできないので、もちろん行くことになる。

そして、連れていかれた超レトロな店でもさらに飲み、このウィスキーはストレートでなきゃ、と言われて、飲んでいるときに、生まれて初めての体験をした。

それは何か?
なんと気がついら、側頭部が床にあったのである。
ドスン!とすごい音がして、あわてて起きた。

どうやら僕は座ったまま眠ってしまったようだった。ひどく酔っていたので、眠ったまま倒れたらしい。ははは。こりゃ、もうびっくりしたわい。

その翌日は、さらにびっくり。書店“りーぶる”イベント企画担当の渡辺さんにあったら、これがまた超ディープな人だったのだ!

現地の書店で打ち合わせた後に、渡辺さん行きつけの店にランチに行ったのだが、その場でビールが2本抜かれたのである。すげぇ! 昼の打ち合わせでビールとは! こんな体験も、初めてだった。

 

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<右から渡辺ジョニー。さん、健太郎さん。左がみさきさん。ビールが2本、抜かれている>

 

渡辺さんのあだ名は、ジョニー。(まるがないとダメとのこと)。やることなすこと何でも素速い。僕も行動は相当に速い方だと思っていたが、うぅ負けた。彼のスピードはマッハ級であった。僕は、彼のあだ名を「マッハ」にしたいぐらいである。

何せランチタイムの間に、僕らの写真を撮ってはフェイスブックに上げ、すぐに何人もの人からいいね! をもらっているのである。初めてあって、つい1時間以内の話である。

ジョニー。が投稿したフェイスブックには、「東京からみえた正体不明の遠藤喨及さんをお迎えして、よし田の鯛茶で秘密の打ち合わせ中! 何故か、ビールもあります(^^♪ー。 アドレスは endo-ryokyu.com」と書いてあった。

次の日は、健太郎さんに、博多をいろいろ引き回してもらった。その内の一軒の喫茶店に行った時のことである。

店では、健太郎さんとみさきさんが、僕の考案したボードゲーム、チャリティクスをしていた。

その時、同テーブルに相席になって観戦していた人がいた。健太郎さんとはフェイスブック上で友だちになっていた人、上野宏美さんである。

 

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<残念ながら上野宏美さんは頭しか写っていないので>

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<上野宏美さん登場!/フェイスブックの写真から>

僕らはまったくの偶然で宏美さんのいた店に入り、相席になり、彼女は観戦して帰った。別れ際、フェイスブックでつながりましょう〜、とかお互い言い合った。

その翌々日のこと。僕のフェイスブックにメッセージが入っていた。上野宏美さんからだった。

「おはようございます‼︎チャリティックスが欲しいです^_^ どうしたらよいですか〜?」

おお! 同志よ! 超うれしかったぜい!

さて、その後、博多駅で僕が見たものは、、、。ジャーン! ナンと本物のゼロ戦である。

 

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<本物のゼロ戦。映画「永遠の0」のキャンペーンだった>

次の日、僕は沖縄に向けて出発した。
記者会見の席で、見つかった戦時写真の遺族に写真を返すためである。なんというアレンジメント!

ーつづくー