‘旅’

初日のバングラデッシュ

2012/02/04 Categories:

 その背中は、どんな同情も宇宙の彼方に追いやるだけの力を持っていた。10歳ぐらいだろうか?

 場所は、生ゴミ捨て場らしきところ。(街中にゴミは捨てられているが、特にそこには残飯が捨ててあった)

 家族のためだろう。彼は、明確な意志と責任感を持って、拾うべき食べ物を探していた。そのきびきびした動きにはまるで無駄がなく、まるでベテランの熟練工のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  <写真:小さな店の小さな店主。本文とは関係ないけど>

  そして僕はふいに思い出したのだった。インドを旅していた頃、胸が張り裂けるような想いで過ごしていたことを。いや正確に言うと、その時、自分が押し隠していた自分の心に気づいたのだった。

 かつてインドでの僕は、洪水のような圧倒的多数の物乞いと、今日一日を食うや食わずやという人々の群を見て打ちのめされていたのだ。

  無力感。そしていくら貧乏旅行者とはいえ、金満日本からやって来たという、持てる者としての罪悪感。さらにやっかいなことに、僕は乞食や路上生活者を見ては胸を痛める自分を、“なんて女々しい奴”という風に、自分自身を恥じてもいたのだ。

 張り裂けそうな胸の痛みと、そんな自分を恥じる想いとの葛藤。そして、常に最下等の宿と食事で過ごそうとしていた。それが、まだ25歳だった僕のインドの最初の旅だったのだ。(今のインドは、きっと全然違う風景なんだろうけど

 彼の背中が自分のイメージ残像がある間に、“そうか”とバングラデッシュにいる自分に気づいた。コックスバザールに着いた初日。身体はまだ宇宙に浮いているようだった。

 というのは、途中寄ったバンコクで、僕は実に久しぶりに熱を出して寝込んでいた。今まで、風邪を引いて食べなくなる人がいるのを見ては、不思議に思っていた。

 そしてその僕が、バンコクではまる2日間寝込み、その間ずっと絶食状態だった。バングラデッシュに着いてもまだ食事が取ってはいなかった。しかし、寝込んでいるわけにはいかない。

 微熱のせいか、まるで夢遊病者のように現実感がわかない。宙に浮いたような状態のまま、宿泊しているラジョー氏の家から歩いて数分のラカイン仏教福祉会館に向かう。ラカイン仏教協会の面々と会議をすることになっているからだ。先の少年の背中を見たのは、その途中のことだった。

 はじめて見るタオサンガセンター/ラカイン•ユニ事務所は、仏教福祉会館の中にあり、広くきれいだった。建設して1年半。仏教徒学生たちのためのネットカフェとしても機能している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中には、タオサンガセンターらしく、ちゃんと阿弥陀如来がお祀りしてあり、ラジョー氏の心意気が伝わってくるようだった。

 そして仏教福祉会館の会議室へ移動。すでに仏教協会の面々はそろっていた。ユニ側は、僕とまゆさんとラジョーさん。向こうは6人。そして僕は夢遊病状態のまま話し合うこと1時間半。英語が得意でない人もいるので、ラジョー氏に日本語通訳してもらいながらの話し合いである。

 で話し合いの内容は、というと、、、実は細かくは覚えていない。何せ夢の中みたいな状態だったし。僕はひたすら“お互いの目的は同じです。バングラデッシュにおける、仏教徒ラカイン人の社会的向上のための教育の充実です”を繰り返していたような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話し合いの途中、教育センターを1つ増やしたいという要請を受けた。まずはその村を調査に行くことを約束する。それから、“UNIと仏教協会で委員会を創って、みんなで話し合いながらやって行きましょう”と提案され、これはすぐに受諾する。

 その後、近所のラカイン結婚式前夜祭に行く。おつまみを食べながら酒をチビチビ。おお! 久しぶりに胃に何か入った。

 ところで、イスラム教国のバングラデッシュで、酒の取り締まりが最近ますます厳しくなっているらしい。(酔って道でうろうろしていると逮捕されるそうだ)が、ラカイン地域では認められているとのこと。

 そういえばパレスチナでも結婚前夜祭に行ったけど、何だか似たような雰囲気だったなあ。もっとも、あっちは紅茶と御菓子だけだったけど。ゆるい仏教徒で良かったぜぃ。

 UNIの活動でコックスバザールを訪れるのは、今回で4回目。すでに顔なじみになった面々とあいさつしながら、初日の夜は暮れて行った。バックパッカーは、風邪ぐらいではめげないのだ。(2日目へと続く)

1
Posted in |

バングラデッシュに向けて出発したが

2012/01/24 Categories:

僕はよく旅でドジを踏む。そういえば、去年のブログでも同じセリフをつぶやいたなあ。あのときは、ローマからバンコク行きの飛行機の日にちを間違えて予約したんだっけ。今回のドジは、ダブルである。話は以下である。

ところで今僕は、バングラデッシュに向かう途中で寄ったバンコクで、このブログを書いている。で、昨日無事バンコクに着いたのが奇跡みたいな話であった。というのは、いつも僕はマイレージを使ってバングラデッシュに行く。その場合、燃料代なんかを払ったカードを持って行かないと、ロックがはずせないので飛行機に乗せてもらえない。

ところで、マイレージのフライトでも、今は燃料代等で数万円かかる。(セコい話して申し訳ないけど。まあ根が、たった10円をめぐって、インドの人力車とプライドをかけた言い合いをして来たバックパッカーなもんで、、、)

で、話を戻すと、何とそのカードと間違えて、別のカードを空港に持って行ってしまったのである! しかも、いかにも旅慣れた風に、気取ってインターネットチェックインというのをやったもんだから、空港に着いたのも出発1時間前。タイ航空のカウンターでは、「では30分だけ待ちます。誰かにカードのコピーをfaxしてもらって下さい」と言われた。、、、いやーさすがに焦りましたね。

「30分でカードをコピーしてFAXなんて無理よ」というまゆさんを、横目でじろりと見た僕は、「大丈夫!」とカウンターの前で怒鳴る。(わりい、わりい)そして京都センターの皆さんに、焦りまくりながら電話しまくった。そんな簡単には諦めんぞ、と飛行機止めて待たすぐらいの覚悟。(←あとで考えたら、「もうちょっと、有益な覚悟しろよ」と自分に言いたくなる気もするが)

でまあ、奇跡は起こったのだ。僕のバックパッカー的な勢いに気圧されたのか、カウンター嬢も「今回だけは特別に、番号だけ教えてもらえばいいです、、、」と態度を軟化させてくれた。

そして、電話したら運良く家にいたゆうこさんが、恐らく超スピードでセンターにカギを取りに行ってくれたのだ。そして、これまた恐らく、超スピードで拙宅に入ってくれた。僕は即座に、カードの場所を教えた。そして、カウンター嬢に番号を伝え、カウンター嬢が入力完了してロックをはずすのが、カウンターが閉まる期限の約2分前だった。助かった〜。ゆうこさん、ありがとう! タイ航空のカウンター嬢も〜。

バックパッカーは、容易に諦めてはいけない。しかし、ドジ話はこれでは終わらない。さらにまた、続きがあるんですよ〜。

着いたら旧正月のバンコク。(年々近代化されて行くな〜) 続く

          ↓

 

1
Posted in |