悟りを求める人口1%のあなたに

執筆中の本の原稿です。(ボツにするかも知れないけど)

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もしタイトル(「悟りを求める人口1%のあなたに」)をご覧になって本書を手に取られたとしたら、あなたは悟りを求めているわずか1%の人類の一人、ということなのだろう。

人間存在の苦しみや、世の中に対する疑問が過度に大きな人が悟りを求めるもの。

だからきっと、あなたもマイノリティーなのだろう。

そもそも「その他大勢」に生きている人に悟りなど不要である。

僕は本書で、これまで恐らく誰も語ることのなかった、悟りの門に至る秘密を述べることにしようと思う。

それは、言ってみれば卵の割り方を教えたコロンブスのようなものに過ぎないのだけれど。

ただし、もしあなたが、自分だけの安らぎを求めているなら、もしあなたが、悲しみにくれ苦しみの中に生きる人を見ても、胸が痛まない人なら、このこの本を読む意味はないと思う。

ところで、世間一般の常識として、”「超絶癒しの技(わざ)や悟りに至る道を教える」などというものは、聖人のごとき”立派な”人がやることだ”というイメージがあると思う。

しかし、それは間違っている。

その良い例がイエス様である。

聖書を読み解けばわかるように、イエスはやんちゃ坊主で感情家、そしてすぐに悩む人である。 

例えば、門前市のマルシェを見て、つい感情を爆発させて蹴散らしたりする。

またある時、自分が食べようと思って取ったイチジクが腐っていて食べられなかった。

そうしたら怒って、その樹を枯らせてしまった。(イエスだけは敵に回したくないなー、と思わせるような、恐るべきイエスの神通力ではある)

さらにゲッセマネで捕まる前、、、。”ああ、どうしよう!”と悩みに悩んで眠れず、滝のような汗を流している。

そして弟子たちが眠っているのを見て、”オレが眠れないんだから、眠るなよなー”とのたまう。

弟子たちも、さぞ困ったことだろう、と思う。

 それでいて、とてつもなく純粋で、人を気づかう人である。

例えば、自分が着ている服の切れ端に、長年の病いに苦しんでいる人が一瞬触れただけでも気づく。(実際に、それだけで病気が治る)群衆に取り囲まれているにも関わらず、である。まさに、信じられないほど、心が細やかな人である。

イエスは、そのとてつもないパワーで奇跡の癒しの技を行っても、決して自分の力だとは言わないし、また思わない。

”あなたの信仰があなたを救った(癒した)のです”と言う。

また人にひけらかす事もない。

”誰にも言わないでね”なんて口止めしたりする。

身近にいた人たちは、ハラハラし通しで、さぞ面白かったろうと思う。

きっと、やんちゃ坊主の魅力に心を奪われて、さぞ目が離せなかったに違いない。

 イエスは立派な大人などではなかった。

自ら「幼な子の心じゃないと天国行けないよ」と人々に言っていたように、子供心全開で生きていた人である。

ただし、そんな人にこそ、神、宇宙大霊は宿るのである。

私が長々とイエスを例に出してここに述べたのは、悟りはイエスに習うてこそ得られ、また価値があることを、最初に述べておきたかったからである。

仏教の坊主が、”悟りの道はイエスに学べ”というのは奇妙と思われるだろうか?

まずは、そんな常識から取っ払って頂きたい。

何宗だろうと、何教だろうと関係ない。

宗教であろうとなかろうと、そんなことすらどうでも良い。

僕がシェアしたいのは、人生を輝かす道である。

永遠の青春に生きる道である。

だからあなたも、中途半端なもので満足せず、希望を捨てないで欲しい。

道は必ずあるのだから。

 

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