‘日記’

ブログを書ける日と書けない日

2011/04/23 Categories: 日記

ブログというのは、時間を削って書くものだが、その削る時間すらない日々もある。
何も更新していない時は、かえってそんな場合かも知れない。
ここ数日の間にやったことを、ざっと並べて書こうとしたら、考えただけで疲れるような気がしてやめた。

そう言えば、十年も前に、ある外国人の女性に “あなたの生活を想像しただけで疲れるわ” と言われたことがある。 そうか、そういう意味だったのか、と今になって、妙に納得した。まあ、いいや。

今日は、祖牛さんと、震災チャリティ・イベントの場所のチェック。
祖牛さんは髭を伸ばしていて、まるで老子みたいな風貌。

でも、つぶらな瞳を持った人である。

そぎゅうさん

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サボれなかった新刊撮影の立ち会い、他

2011/04/19 Categories: 日記

指圧関連書籍の新刊の撮影

今日は朝から、指圧関連書籍の新刊の撮影。

モデルは東京センターの指導員の後藤りゅうさんとあかねさん。
自分は写らないから、のんびりと立ち会うつもりだったのだが、結局そうもいかず、午後3時までハードワークだった〜。

撮影してくれたのは、雨森慶為カメラマン。
本願寺にお勤めの浄土真宗大谷派のお坊さんである。彼の写真も、タッチが良い。

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夜は、震災チャリティイベント/コンサートの相談のために、祖牛さん(元比叡山のお坊さんで、パーカッションをやる人)と会いに出かける。
会ったのは、田中優さんという人の講演会場。この講演が実に素晴らしかった。

田中優さんの講演

心に止まったのは、日本にはクリーンエネルギーだけでずべてやっていけるだけの技術もノウハウも十分にある。それによって、毎年23兆円という海外からのエネルギーの輸入の費用が不要になる。また、その分を回すことで地域経済も活性化するし、日本全体が良くなる。という部分。

田中優さんの講演は、今まで直感的に何となく思っていたことを、極めて具体的でクリアーにしてくれた。他の人々にもぜひ聞いて欲しい話だと心から思った。

( 田中優さんの講演→http://www.ustream.tv/recorded/14058798 19:00過ぎからはじまります)

ところで祖牛さんとは、沖縄から台湾に向かう船の中で知り合い、三週間一緒に旅した。
プロジェクトについては、まず企画書を書いて、具体的に話を詰めて行こうということになった。

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夜、アメリカサンガのデボラから支援金1000ドルの送金の知らせ。京都センターからは、第三次の物資送付の作業が終わったところだったが、現地の物資不足を思えば、支援はいくらでも必要である。

聞けば、未だに風呂も入れずパンとお握りしか口にできなお避難所が、まだ16もあるという。胸が痛む。少しでもさらに支援をと思うので、アメリカからの送金は、温かくてありがたかった。

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それでも行脚の旅は続く

2011/03/22 Categories: メディア 日記

日本での報道はネットでしかわからなかったのだけど、ヨーロッパでは「放射能汚染によって日本壊滅か?」ぐらいのムードだった。
実際、ルフトハンザ/ドイツ航空は、東京着の飛行機をすべてキャンセル。
日本在住のドイツ人に日本退去を勧告していたようだ。
フランス大使館は、日本在住フランス人に、「しばらく関東を離れるように」と勧告。
成田は日本を脱出する外国人で一杯。成田で購入する航空券を求めて2000人以上が夜明かししたとのことであった。
連日、そんな報道を耳して、痛恨な想いにかられながら、予定のスケジュールを必死にこなして行った。
この時の気持は、何とも説明がつかない。自分の未来がなくなったことに対して(と、まで思っていたので)あったのは、諦観の静けさ。ひっそりとした奇妙な明るさであった。

それはともかく、タオ指圧のワークショップが終わった後は、オーストリア国内三カ所での講演と治療デモンストレーションの行脚の旅が待っていた。というのは、今月、「<気と経絡>癒しの指圧法」(講談社+α新書)のドイツ語版が出版された。
それで、ウィーンのタオサンガセンターの紹介のために、本のプロモーションを兼ねて、ちょっとオーストリアをツアーしようかということになっていたからである。
アルフレッドに、「日本がこんな状況なんだから取りやめようか?」と言われたのだけど、すでに新聞には掲載されている。だから、”これは自分のミッションだから”と返事した。でも実際、日本のことが片時も頭を離れず、通常の100倍ぐらいの集中力が必要だった。


写真は、Durnbin (ドンビン) という街での講演と治療のデモンストレーション。会場は、近代的な大きな図書館の講堂である。三枚目はオーストリアのフォアアールベルク新聞(VN)に掲載された記事(拡大版PDF:260MB

 

新聞に掲載された遠藤喨及インタビュー記事

 

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痛みを胸に秘めて、ワークショップ

2011/03/16 Categories: 日記

“死の当日、自分は何を考えていることだろうか?”
なぜかそんなことを、ふと考えていた2日間だった。
そして、その3日目のことである。
深夜に何気なくネットのニュースを見て、日本の天変地異を知り、
呆然となった。

翌朝からは、混乱する頭と痛む胸をこらえながら、ワークショップを行う。
連日、深夜に何度も起きては、ネットのニュースを見ながら、二日間のワークショップを終える。

その翌日は、チェコ語の翻訳を出したいという出版社と会うために、
チェコに行く予定だった。
しかしアルフレッドの提案で、急遽、予定を変更。
ウィーンのセンタ−で、日本祈願のための不断念仏を行うことになった。
そして念仏は、会社を休むことができた六人のオーストリアのメンバーと、6時間休むことなく続けられたのだった。
かつて日蓮上人も、元寇という国難の際に題目で祈祷されたように、私たちも念仏でお祈りした。これは、カナダや日本のセンタ−でも、時を同じくして行われたようだった。

すると、皆んなからは、口々にお見舞いやらお悔やみの言葉を頂く。
アリス女史からは、“家族で日本からオーストリアに疎開して”と真顔で言われる。

また、アルフレッドからは、“ワークショップを中止して、日本のための祈りの念仏会にしよう”とまで、提案される。

でも僕は、参加者の皆さんに、開口一番に、以下のように挨拶した。

「今、日本は大変なことになっているようです。
さて、皆さんは、明日、世界の終わりが来るしたら何をしますか?
僕は、もし明日、世界が終わるとしても、今まで自分が
やって来たことを、悔いることなくそのまま続けていると思います。」

そう言って、いつもと同じように、ワークショップを始めたのだった。

 

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フランクフルトに到着

2011/03/11 Categories: 日記

約12時間後、フランクフルトに到着。

空港からは、電車で中央駅まで。

フランクフルトに二日間立ち寄ったのは、ドイツでの今後の活動について、

ヨーロッパ/サンガ代表のアルフレッドさんと話し合うため。

翌日の昼に着いたアルフレッドと、何はともあれランチを、と言って入ったトルコ料理の店。

豆スープが美味かった!

2日後、空港からウィーンに向かう。

いつも、思うんだけど、フランクフルトから、ウィーンに行くルフトハンザの航空機は小さい。

いつだったか、何と! プロペラ機の時もあったぞ。

 

ネットで何気なくニュースを見たら、 日本の各地で地震が発生していることを知った。

今、呆然とニュースを見ているところ、、、、。

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ヨーロッパ

2011/03/10 Categories: 日記

ヨーロッパで、タオ指圧と念仏のワークショップの他、(やることが書き切れないぐらい)たくさんあって、フランクフルトに寄った後に、22日までウィーンに滞在。

行きは成田経由になったため、前日に伊丹空港のホテルにステイ。
写真1、2は、空港ホテルのレストランと、屋上からの空港の眺め。

「さて、くつろごう」と思ったが、今年出版予定の新刊の画像のことやらCDの新譜の他、さまざまなことで、結局深夜2時頃まで、電話とメールとでごった返してしまった。

うぅ、朝眠いぞ、。と、写真3、4は、朝の空港の喫茶室と、機内から撮った空の写真。富士山が映っているはずであったが、、、。

 

 

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ウェルカム トゥ ジャパン

2011/03/07 Categories: 日記

昨年10月、ソウル近郊のカンファド島で行われた、
「日韓平和祭」のイベントにライブ出演した時の映像データを、
ソウル在住のダッチョーさんが持って来てくれた。

写真は、お礼にと、しゃぶしゃぶを食べに行った時のもの。
中央がダッチョーさん。カップルでインドやチベットを旅すると、
ケンカばかりになるという、バックパッカーの普遍的な伝説話で
盛り上がる。が、これは事実である。

 

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