2016年6月の記事

これって何だか、子どもの頃に感じた恥ずかしさに似ている

2016/06/23 Categories: 未分類

最近は、1日1回、Facebookで何か言葉を投稿する、というのを自分に課している。

しばらくやっている内に、一日に何回もいろんな言葉で出て来るようになる。

それでも日に一回だけ、と決めているので投稿しなかったら、それは忘れてしまうことになる。

が、まあ、それはそれでいいや、と思っている。

で、そうこうする内に、自分がやった法話の中の一節を選んで投稿する、というのも行うようになった。

ついでに法話の書き起こしも読んでくれたら嬉しいもんな、というわけ。

今朝のひとことは、恥ずかしくてとてもFacebookには掲載できなかったので、このブログの最後にそっと書いておくことにしよう。

(ブログ書いた、なんてFacebookに投稿すれば同じことなんだが、スルーする人もいるだろうし、せめてものワンクッションというわけ)

実は子どもの頃、学校の音楽の時間にマイナー調(短調)の曲が流れるたびに、涙が出てしまい、大変困っていた。

それがバレないように必死に隠していた。

いよいよ切羽詰まると、隣の席の子を指さし「◯◯君、泣いてる〜!」と叫んで、ごまかしていた。

 、、、今朝感じた恥ずかしさは、何だか、その時の感じに似ている。

 

「夢の中で泣いていた。

みんなに幸せになって欲しくて、

なって欲しくて、

欲しくて。

、、、目が覚めた。」

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 追伸:Facebookをやっていない人のために、投稿して来た「ことば」を少しずつ、次回のブログから掲載して行こうかな、、、。

 

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人同士が世間的な垣根を超えて仲良くなるには?

2016/06/11 Categories: 未分類

1)いたずらっ子は戦争ゲームを創る

「人と人がお互い何の負担もなく付き合えるとしたら、それはお互い心の中に住んでいる子供の部分で繋がる以外にはないんだ。

子供と言っても大人の言うことを素直に聞くような良い子ちゃんではダメだぜ。

世間がどう思うかなんていうのは歯牙にもかけない、いたずらっこでなきゃダメなんだよ。」

上記のような想いをこめて、僕が十年かけて創り上げた戦略ゲームが、「チャトランガ」である。

僕としては、その人に地位があろうとなかろうと、その人がどこのパスポートを持っていようと、また、その人の身体に障害があろうとなかろうと、社会的な垣根を飛び越えて、人と人が付き合えるようになるのが、チャトランガだと思っている。(実際そうなんですよ〜)

 写真.keito playJPG

<大人と子どもの垣根を超えて遊ぶ。at 被災地で>

2)お小言はあっかんべーで返す

いたずらっ子は戦争ゴッコが好きだった。それで、考案したのは戦場をテーマにした戦略ゲームだった。だが、なぜか結果的には、平和的な深い意味を持つゲームになった。

もっともこれまでは、盤とコマの「見てくれ」だけみて、”戦争ゲームなんてけしからん!”と顔をしかめる人もいた。

そのたびに僕は、“戦争ゲーム=悪と頭から決めつけないで、子どものように遊んだら良いのにな”と思っていた。また、”そんなら、人同士がもっと仲良くなれるものを持って来てよー”とも言いたくなった。

でもまあ基本、そんな大人(またはクラスの風紀委員的な良い子ちゃん)のお小言は、”あっかんべー”で僕は返して来たのだ。それこそ、上記に書いた「いたずらっ子」の真骨頂だもんな。

 3)カナダでもみんなで遊んだ

このゲームがもたらすコミュニケーション効果や、人生戦略トレーニング効果、また、背後にある仏教の哲理などを理解してくれる人が、なんと国際的にも増えてきた。

おお! たとえ”戦争ゲームなんて!”と人に白い目で見られようと、意に介さずライフワークとしてコツコツとやって来たかいがあったぜい。

今回のカナダでは、念仏会やタオ指圧ワークショップに参加したほとんどの人が、夜はゲームを楽しんで和気あいあいの時を過ごした、

ゲームで人と人が楽しくつながっていく状況って、見ていてすごくホッとする。孤独な人を見るのが僕はイヤなんだ。

チャトランガは「戦争ゲーム」なのに、否定論者が期待(懸念?)するような暴力的な空気には決してならない。

大会にはいつもめちゃくちゃ平和でユーモラスな空気に満ちていて、どこもかしこも笑い声ばかり。僕はそんな空間がとても好きだ。

 

<トロント・チャトランガ大会>

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 ジュリーとカナダ在住、水愛(みいあ)さんの対戦。

真ん中にいるジニーは、チャトランガが「戦争ゲーム」ということで以前はやりたがらなかったが、やっとこのゲームが持つ意味の深さが理解できた様で、楽しんで対戦するようになった・

 

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途中、チャンピオン高山ほうきのアドバイスが入った様子。(←おい、いいのか?)

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<緑3−赤3という最高のサイコロが出て喜ぶアドバイザーか?>

ca 5,

<どうやら勝った様子である>

その他、モンテリオールから来た、フィリップとエリヤスなどは、2人とも、じーっと長考ばかりしていた。

2人とも念仏も熱心で、エリヤスはレバノン出身だそうだ。それにしても、いつまでも仲良くじーっと長考を続けている2人だった。

何だか僕は、日向ぼっこしている2匹のカメを見ているような気がした。そこの”戦場”には、とても平和な空気が漂っていた。

(今思うと、平和な2匹のカメたちの日向ぼっこ写真を撮らなかったのが残念至極である)

2人ともとても良い奴らである。

チャトランガやる人に悪い奴はいない、というのが、今のところ僕の持論である。

チャトランガ・プレイヤーに幸あれ!

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いたわり合える人と出逢えるのは奇跡みたいなことだ

2016/06/09 Categories: 未分類

アースキャラバン・カナダ/トロントでの演奏とスピーチ→3日間の念仏ワークショップ(朝から夜まで)→2日間のタオ指圧ワークショップ(朝から夜まで)

カナダで予定していたすべてのプログラムが終わった日の夕方、空を見上げて雲を見ていたら、なんだか泣きたいような気持になった。

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なぜだろう?

トロントに集まった気持の純粋な人たちと1週間をともに過ごした後、彼らのこれまでの人生をふと思ったからではないかと思う。

タオサンガをやり続けて来た人は、大人になっても純粋な部分を失わなかった人たちだ、と僕は思っている。

だからきっと、今まで傷つくことが多かったと思う。

孤独だったろうし、ボロボロになったことも一度や二度ではなかったと思う。

それがこうして、タオ指圧や念仏またアースキャラバンを縁として北アメリカ各地から集まり、みんなで出逢うことができた。

人生でいたわり合うことができる人と出逢えるのは奇跡みたいなことだ、と僕は思っている。

純粋な彼らにそんなことが起こって良かったな、と。そして、彼らのこれからが良かれ、という、何だか胸が痛くなるような想いが、風のように切なく僕の内をそよいだ。

その時僕は、きっとそんなことを想って、空を見上げていたんだと思う。

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世間に魂を売り渡してたまるもんか

2016/06/05 Categories: 未分類

人生で絶対に避けなければいけないことは、人が自分に対して抱いている感情やイメージの影響を受けて、自分が自分に対して抱く感情やイメージが変化することだ、と僕は思っている。

僕は子供の頃から二十代前半まで、良しにつけ悪しにつけ、人から抱かれたり期待されるイメージで散々苦しんだ。

結局、自分の価値が認められない高校をやめてしまったし、実家からも家出して帰らなかった。(精神的負荷は、こちらの方が大きかった)

二十歳代の半ばに、十代後半から修行していた道場をやめてしまったのは、それまでの人間関係から自分を隔絶したかったからだ。実はそれも、自分が人から抱かれているイメージに苦しんでのことだった。

今の僕は、人が自分をどう思うかと、自分が自分や人をどう思うかが、まったく重ならない、もしかしたら、世間から撤退することで、心を純粋培養することができたのかも知れない。

だから、たとえ僕がやっていることを人が、「下らねー」と思っていたとしても、僕自身は「けっこう面白いぜ」と思っていられる。(←戦争ゲームを創ってこれたのはこのためである)

そして、たとえ人が僕のことを嫌いでも、僕はその人のことを好きなままでいられる。

ついでに言うと、人に「偉い」と思われたり言われたりしても、それは僕には、まるで聞こえないのと一緖である。(←だって、人にエラいと思われたって、エラくない自分のことを一番知っているのは僕なんだから)

僕は、何かの団体のリーダーだと思われたりすることがある。しかしそれは、まったくの誤解に過ぎない。

僕はただ一人わが道を歩いているに過ぎないし、リーダーというイメージをご期待されても、それに沿う気はまったくない、というか断固拒否する。

人のイメージに合わせて、自己イメージや自分の生き方を変えることは、たましいの自殺だと僕は思っているからだ。何がなんでも、それだけは避けなければならないのである。

僕は、人が自分をどう思うかと自分が自分をどう思うかを完全に切り離すことで生き延びてきた。だからこれは、僕の一種の精神的なサバイバル術なのである。

「相手が自分をどう思っているかで、感情や自己イメージを変えるなんて冗談じゃないぜ。世間に魂を売り渡してたまるもんか。」というのが本音。

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アースキャラバンが、原爆で生き残った被爆樹の種をトロントに植えるので、そのポスターを市役所に貼ることになった。当日、イベントに来てくれた市長と。

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