まさかこんなにウケるなんて、、、

<難民キャンプで演奏を終えた後、フランスから来ていたプロのカメラマンが撮影してくれた写真。さすがはプロである>

一般にアラブのポップ音楽というのは、情緒的かつリズミックなものである。だから、僕ら「アミナダブ」のようなバンドの音楽がどのように受け入れられるのかは、不明であった。

これまでベツレヘムやエルサレムでは演奏して来たのだが、ナブルスのような、西洋音楽がそんなに入っていなさそうな感じの街で、一体どんな反応になるのか、実際に来て演奏してみるまでわからなかったのだ。

しかし、このブログの表題通りのことが起こり、心からホッとした。これまで、練習方法やライブでの音の出し方を研究をして来た成果があったのかな、と思い喜んだ。

<薄暗い中から始まった演奏>

<客席側>

僕は美しい空間を創りたい。

本来、人は、美しい空間を創るために生まれて来たと思う。

だから動物には観れない色が見え、夕日の美しさを感じ取ることができるように生まれた。

美しい空間は、その空間すなわち「場」にいる人々の心に、どれほどの想いを込めて、情熱的に、優しく、そして切なく触れることができるのか、にかかっている。(と思う)

だからエネルギーをケチる生き方やズルイ生き方をしていたら、人に感動を与える音楽は創れない。

損得でモノを考えるのは、生き方として美しくないし、美しい空間は、音楽に限らない。

ただずまい、人への気遣い、生き方のすべてだと思う。

さて、ナブルスでは、地元のラジオ局や難民キャンプも含めて数カ所で演奏した。

大ステージでやった時の夜が、一番のハイライトだった。演奏が終わったらスタンディング・オペレーション(立ち上がって手を叩くこと)までしてくれた人もいた。

後日、地元の人や海外から来ていたミュージシャンなど数人に、”キミらのバンドが、ナブルス・フェスティバルで一番良かったよ”と言われ、”はるばる来たかいがあったな”と思って嬉しかったし、人々が何らかの想いを感じ取ってくれたことに深く感謝した。

そういえば、難民キャンプで「観世音」という曲を演奏したとき、最後のリフレインを子供たちが大声で一緒に歌っていくれていたのも、楽しかったな。

やっぱりパレスチナはノリが良い、、、。

<後日談>

ライブに関しては気を良くして帰国したその翌々日、アースキャラバン京都が開催された。

2日間に亘って演奏させてもらったのだが、2日目の演奏は、ナブルスの時ほどキマらず、その後反省しきりであった。さらに、ナブルスの時の映像を観なおしてみたら、これまた思ったほどは理想の音楽レベルやサウンドまでには実現できておらず、、、。

まあ当然、その週の練習はとてもシビアなものになった次第、、、。ああ、精進あるのみだなぁ〜。ステージの舞台裏をこんなにさらしてしまって良いものかわからないけど、1日も早く理想のサウンドを実現したい。美しい音楽空間を創リたい。そう切に願う。

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